縛られたい 奴隷になりたい 首輪をされたい 調教されたい M女のためのサイト

あまいSM せつないSM 

 

縛られる癒し 首輪の平安 被虐の悦び

 

 

初心者M女のための真面目な(!?)サイトです。

 

体験調教・奴隷志願再開します。

だけど、真剣なM女さんだけ。。。

 

 

SMとはステキなものだと伝えたい。

同時に、それがすべてではないとも伝えたい。

 

前向きなメールや応援のメールがきます。

SMに対するイメージや向き合い方が変わりましたというメールがきます。

それだけでとてもうれしく思います。

 

「湘南で多くのかわいい女の子に囲まれてSM三昧している」と勘違いしてる人もいるようですが、ふだんは地味に、マイペースの自営業でゆったり、ひとりで生きてるおじさんです。

調教日記は過去のことで、しかも多頭飼いはしていない。

年に1度か2度、体験やいろんな女性を調教するときもある。

だけど、たったひとりが現れたらそんなことしない。

表面だけで、判断しないでほしい。

主と従のつながりってそんな軽いもんじゃない。

 

今は一人なので、”真剣に向き合える” 奴隷さんぼしゅーちゅー。。。

だけど、真剣に向き合おうとする人か、M性に苦しんでるとか切実な人だけ。

 

迷っている人はいつでも湘南にきてください。

うまい魚で酒でも飲みながら、話をして、男として俺を判断したらいい。

商売が落ち着いたら、田舎に引っ込み小説を書きたい。

その時、誰かとなりにいてくれたらいい。

 

奇跡のコース 愛について書いてある

 

人生のいろんな場面で、素晴らしい本に、ステキな人に巡り合い感動する。

素晴らしいことだ。

だけど、感動するためだけに生きているんじゃない。

それでも感動するというのは素晴らしいことで、空とか風とか草とかを、そっと見れるようになる。

それと同じで、SMだけに生きるんじゃない。

だけど、Mとしての被虐やせつなさ、あまさはMじゃないとわからない。

そういう女としての悦びをわからない女性を、かわいそうだと感じてたらいい。

何度も書いてるけど、M性とは女性としてかわいいステキな心で、変態じゃない。

世間にかくしていい、だけど、ちゃんと自分と向き合っていい。

悶々としているなら踏みだすべきだし、ただの興味ならやめといたほうがいい。

魔法にかかったようになるから。

だからのめり込むのではなく、人生の、女としてのひとつとして自分の性癖をちゃんと認めて、受け入れて、開放していい。

 

 

社会で生きている服を着た自分から、生まれたままの姿で縛られ、首輪で繋がれ、飼い主に体をさしだすあまさ。。。

鞭で打たれ、焦らされ、放置され、意のままに扱われるせつなさ。

子供のように尻を叩かれ、焦らされ、誓いを繰り返し、許される。

鞭の後の飴はあまい。

縄、首輪、枷、檻のやすらぎ。

鞭、筆、羽根、道具に慣らされていく体。

縄に抱きしめられ、委ねられる平安。

被虐、仕置き、焦らしに耐えた後の解放。

飼われている自分、管理されている自分に対するあまずっぱさ。

Mとして自分をさしだし、主の好みに染められ、調教に慣らされていくことに悦びを感じるMとしての性。

 

Mとしての性は、せつなく、あまい。

飼われ支配され管理される被虐とあまさとせつなさ。

感謝や思いやり、愛が人生で、頑張って生きている日常と同時進行でMの時間がある。

SMは究極のエロティシズムだ。

縛られ、俯く姿は女性の美そのものだ。

被虐に喘ぐ様は妖艶だ。

 

女性の8割はMであるという統計がある。

マゾ性は誰にでもあって恥ずかしいことじゃない。

誰かに委ねたい、管理されたい、支配されたいのは、あまえたい、さみしいという心の願望だ。

 

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ふだん頑張って生きていて、そのご褒美としての奴隷の時間があっていい。

「服を着た自分と、裸で縛られた自分とどっちが好き?」

「ごめんなさい、は?」

「返事は?」

その問いに、M女はすねたようにあまえるように、そっと答える。

次に与えられる飴か鞭を、じっと耐えて待つ。

 

調教日記は過去のことで、同時進行ではない。

ステキな主従関係だったし、忘れることはない。

 

性的な表現が含まれているので、18歳未満の方はもう少しおとなになってから。

 

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