縛られたい 奴隷になりたい 首輪をされたい 調教されたい M女のためのサイト

あまいSM せつないSM 

 

縛られる癒し 首輪の平安 被虐の悦び

 

 

初心者M女のための真面目な(!?)サイトです。

SMとはステキなものだと伝えたい。

SMに対して向き合い方が変わったというメール、応援のメール、俺などに真剣な相談のメールがきます。

それだけでとてもうれしく思います。

 

SMはプレイだけではない。

主従の関係性で、奴隷になり、飼われ、愛され、支配されるあまさだ。

家畜扱い、スワッピング、多頭飼い、体に残る傷、社会的におかしなことなどしない。

 

一歩ずつ、奴隷として調教・管理・飼育されるとき遠くに光が見える。

もがきながら一生懸命生きる。

奴隷になることで日常が少しずつだけど輝いてきて、”逃げずに”自分ときちんと向き合う。

夢と仕事と生活と遊びと、Mの自分とバランスを心がちゃんとしようと自然にするようになる。

軽いものではないし、マイナスのものではないし、ただ性欲だけのものではない。

お互いプラスになり、可愛がられたり虐められることに通常の恋愛以上の何かを感じ、関係性は深くなる。

Mとして被虐や羞恥や飴と鞭の悦びを、女としての成長につなげられる。

それから、最初から持っている、忘れてしまっているだけの、優しさと愛を取り戻せる。。。

いろんなSMがあっていいけど、俺はそういうものだと思う。

主従って、多くの人が考えてるより、温かいものだ。

他者に何かしたいなら、まず自分を大切にすることから始めたらいい。

他者と自分は同じ宇宙の一部だから。

MならSMはその一歩でいいし、M性は変態でも何でもない、あまえたいという奥のもので、それで自分を取り戻していい。

俺は俺のやり方で調教をする。

奴隷になることは堕ちることではなく、開放だ。

SMは人生の一部ですべてではない。

自分らしく生きるために、ブロックをかけているものは外していい。

自分でちゃんと一生懸命考えてから。。。

 

Mとしての被虐やせつなさ、あまさはMじゃないとわからない。

Mであることは”個性”であって、おかしなことでもなんでもない。

さみしい、あまえたい心の奥の願望だ。

 

世間にかくしていい、だけど、ちゃんと自分と向き合っていい。

悶々としているなら踏みだすべきだし、ただの興味ならやめといたほうがいい。

自分の性癖をちゃんと認めて、受け入れて、開放していい。

 

社会で生きている服を着た自分から、生まれたままの姿で縛られ、首輪で繋がれ、飼い主に体をさしだすあまさ。。。

縛られ俯いて、鞭で打たれ、焦らされ、放置され、意のままに扱われるせつなさ。

仕置きされ、誓いを繰り返し、許され、褒美を与えられる。

鞭の後の飴はあまい。

縄、首輪、鞭、筆、羽根、指、道具に慣らされていく体。

縄に抱きしめられ、委ねられる平安。

被虐、仕置き、焦らしに耐えた後の解放。

飼われている自分、管理されている自分に対するあまずっぱさ。

Mとして自分をさしだし、主の好みに染められ、調教に慣らされていくことに悦びを感じる。

 

Mとしての性は、せつなく、あまい。

感謝や思いやり、愛が人生で、頑張って生きている日常と同時進行でMの時間がある。

 

女性の8割はMであるという統計がある。

マゾ性は誰にでもあって恥ずかしいことじゃない。

 

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ふだん頑張って生きていて、そのご褒美としての奴隷の時間があっていい。

「服を着た自分と、裸で縛られた自分とどっちが好き?」

「ごめんなさい、は?」

「返事は?」

その問いに、M女はすねたようにあまえるように、そっと答える。

次に与えられる飴か鞭を、じっと耐えて待つ。

 

性的な表現が含まれているので、18歳未満の方はもう少しおとなになってから。

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