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性奴隷 晶子(仮)

性奴隷という生き方

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昌子は自分のM性と向き合おうとしていた。

 

調教される自分。

私の色に染められていく自分。

奴隷に堕ちようとしている自分。

女として、性のこと、マゾの部分を抑えられない葛藤の中で流されていく自分への不安。

 

縄の味を知りつつあった。

昌子との時間(調教)が少し進んだ時のこと。

 

SMの調教は少しずつ深くなる

 

裸になることを命じた。

静かに生まれたままの姿になっていく。

心も裸になっていく。

 

縄をください、と言わせると声は掠れた。

 

緊縛されながら、俯き、体が熱くなっていくのを感じた。

高手小手、胸縄、腰縄から股縄。

体の自由を奪われたことで、あきらめの思いのようなものが起こる。

されるがままの自分。

体を飼い主の意のままに使われることのときめき。

すべてを委ねるしかない安堵。

服を着た生きていくための仮面の日常から、女としての時間への移行。

 

縄に縛められ、横すわりで私の足元で俯く昌子は、女として、体も心も美しかった。

縛られることに反応したのは、体より心のほうだ。

そんな姿こそ、SMのステキな部分だし、女として魅力的だしエロティックだ。

 

SMのあまさやせつなさを感じる最初のステップだった。

 

そういうのは、1回や2回、縛られただけではわからない。

はじめはただ恥ずかしいとか不安とかのほうが強い。

 

昔、一度調教した人に、「思ったほどではなかった」と言われたことがある。

それはそう感じた正直な思いだったけど、私はその時、いろいろ考えた。

Sとして未熟だったのか。

プレイがだめだったのか。

こころがなかったのか。

もっとああしたらよかったのか。

 

その人はその人の受け取り方がある。

だけど、どうしても伝えたかったことを、少し迷ってから言葉にした。

いきなりSMの深さとかよさはわからない。

縄の味は少しずつわかるものだ。

いった経験がないのに、性のことはわかならい。

最初だから、無理ないように、ソフトにした。

まだ若いから、体が未熟だから、わからないのだろうけど、はじめて調教されるのはとてもとても刺激的だったはずだし、生涯の思いでになるんじゃないのか。

体が感じなかったとしても、こころはなにかを感じとったんじゃないのか。

受け止める感受性と、相手を思う気持ちがあれば、たいしたことなかったという言葉は言えないはずだ。

SMは深いものだから、一度軽く調教されえただけで、こんなもんかと思わないでほしい。。。

 

 

M性とは持っている部分と 育て開発する部分と2つある

 

昌子の髪に触れ、頬をさすり、唇を親指でなぞる。

耳を甘噛みする。

それだけで高揚する。

乳首と女に触れずに、腰のラインや肩をさすると眉を寄せた。

せつなくなる。

 

こころがそんな風に感じるのがM性で、性的な興奮だけならふつうのセックスと変わらない。

 

自分がMかわからない、確かめたいというメールがくることがある。

わからなければ確かめてみたらいい。

真正なら調教されただけではっきりわかるだろう。

 

だけど一度の調教でわかるのは真正か真正じゃないかだけだ。

少しMとか、けっこうMとか、それぞれ違う。

そうでもないと思う人もいるだろうし、感動したとまで思う人もいる。

 

M性って、調教していく中で開発され、育っていくものだ。

被虐の悦びやあまさやせつなさ、羞恥、安堵、平安、感動などは調教してMとして覚醒して、やっとわかる(真正なら最初から感じるだろうけど)。

 

そしてM性を持っているのはステキなことだ。

人が感じることができない部分を感じることができるからだ。

たとえばMじゃなければ、縛られても不安とかしかないだろう。

これからなにされるんだとか、体の自由が奪われたということでしかない。

 

だけどM女性は、縛られることに、ときめく。

縄をなんども受けていると、委ねるあまさに溶けるようにうっとりとなる。

 

Sの自分から言わせれば、そういうことに感じる女性は、女としてかわいい。

だからM女はかわいい。

責めてもあまり感じないなら、Sとしては魅力的な女性ではない。

口説かれ上手とか、惚れられ上手という女性が男から見たらかわいいように、責められ上手はステキな女だと思う。

最初はよさはわからない。

だんだん縄のよさを心で感じて、次に体で覚えるようになる。

そうして縄の味を知る。

 

SMの調教はそんな風に少しずつ進む。

そしてその先に、この人の奴隷になりたいと思うようになって、主従関係になる。

 

性奴隷という生き方

 

昌子にまだ快感を与えなかった。

覚え始めた被虐の味を確かめさせるため、「お仕置きのポーズをとりなさい」と命じた。

鞭の後の飴を与えるための、鞭。

 

ああ…と上を向いてから、飼いならされたペットのように尻を持ち上げた。

もっと突きだしなさい、足を開きなさい、という指示に素直に従う。

「捧げるようにしなさい」と言ったとき、小さく喘いだのがせつなかった。

 

尻を、家畜のように鞭で叩かれる。

少し痛いけど、恥ずかしいけど、みじめだ。

だけどそうされたいと望む自分もいる。

みじめだけど、みじめな自分に酔う。

颯爽と生きているふだんの自分とのギャップ。

羞恥を与えられることで、女として妖しく疼くということを覚え始めていた。

 

耐えるように打たれながら、あまずっぱさを感じていた。

体も変化してきていた。

尻が熱くなる。

それから、打たれると子宮に響くようになる。

 

鞭を止めて、女を刺激する。

やっと与えられた指のねぶりに、鞭で昂ぶらされた女はねっとりと受け入れる。

そしてまた打たれる。

鞭と飴を交互に与えられ、翻弄される。

体と心が制御できなくなってきて、それでも許されるまで続く。

 

もうどうなってもいい。

調教されたいMの部分が覚醒して、開放され、屈服する。

そして支配されたいと感じるようになる。

こころから服従したい。

所有され、管理される自分になりたい。

奴隷として扱われ、仕え、そして愛されたい。

 

そうこころが叫んだ時に、主従の関係になる。

仕事や生活や夢の人生に、もうひとつ、別の自分が加わる。

性奴隷として、時に飼い主が望んだ時は恋人のように接する。

主従関係は、ただの恋愛ではない。

深い。

飼う飼われるの主従の関係の中で、そっと恋をしている、愛している。

 

M性のない人にはわからない悦びがある。

 

鞭を許して、ベッドに仰向けで横たえた。

潤んだ瞳。

少し開いた唇。

かすかな喘ぎ。

乳首は上を向いていた。

女はぷくりとかわいく膨らんでいた。

胸の下が、ぎゅっと締まった。

征服したいと強く思った。

奴隷にしたい。。。

愛したい。。。

 

「足を大きく開いて見せなさい」

ああ……と哭いて、Mの形に開いて目を閉じた。

これからのことを思い、期待と不安で胸が押しつぶされそうになっていた。

横顔が女らしく、柔らかい。

犬が飼い主に服従を示すように、無防備な白いお腹が波立っていた。

足の間はかわいらしく濡れて繊毛が膨らみに張りついていた。

そんな昌子を上から見下ろしていた。

-性奴隷 晶子(仮)

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