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SM調教 性奴隷としての平安 被虐 人としてのしあわせのはざま

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空港に向かう電車の中で、その人は、お母さんをじっと見ていた。

若いお母さんはカートの赤ちゃんをいたわっていた。

その横顔は、くすぶっていたものを解決する覚悟を教えてくれた。

マゾ性と人生のはざまで悩み、逡巡していた。

勇気をだして踏みだし、経験をして、そして、高く飛ぼうとしていた。

ちゃんと自分のしあわせを追いかけようとしていた。

私はそれを遠くで、そっと見ているしかできなかった。

 

陵辱的な、非常なSになれない。

あまく、静かな時間を共有して、被虐や鞭の後の平安や、奴隷でいることのせつなさや、緊縛や首輪のあまずっぱさ、その様を見ていたいし、そのときのひとときの人生を、体と心を支配し、所有していたい。

辛さや多くのことを共有して、足下に跪かせ、体をさしださせ、心も裸になりなさいと命令したい。

隠していたほんとうの自分と、服を脱いだ自分にだけ見せる体と仕草と表情を私のものだと思いたいし、奴隷として飼われる自分を見つめて、自分を見つけたらいい。

 

ご主人様と奴隷

 

そのときは、8泊もいた。

お別れするためにきてくれたのだと、途中でわかり、だけど黙っていた。

茶碗と箸を買った。

部屋を掃除した。

主として毅然と向き合い、厳しく、そのあと優しくした。

 

遠いからいつもスカイプだった。

パソコンの向こうとこっちで、時間を合わせて調教し、酒を飲み、話をした。

年が違うこと、ほんとうはそんなのたいしたことじゃないのだけれど、ご両親に心配ばかりさせたから、自分のしあわせな姿を見せたい、孫を抱かせたいという気持ちと、Mであること、私とのことでずいぶん悩んでくれた。

私のことを心配してくれて、ちゃんとご飯を食べていますか? とメールをくれた。

 

私はときに股縄を命じ、自慰の禁止を誓わせ、乾かせ、焦らし、ねだらせ、体をさしださせて、解放させた。

仕置きをし、風邪をひいたときは、布団に入らせ、眠るまで話をした。

眠れるかと聞くと、首を振った。

寝なさいと言うと、眠れない。。。

どうしたいかと聞くと、自慰したい。。。

見ていてやるからと、そうしたら寝るんだぞと言って、体を開かせ自分でさせた。

いかせてくださいと許可を求め、子宮が締まり、腰がきしみ、浮揚して、すっと力が抜けて、その余韻も、濡れ具合も表情も、すべて私に捧げた。

いい女になったなと思ったし、今はまだ私のものだったから、奴隷の誓いや服従の言葉を聞きたくて、繰り返させた。。。

 

海に行き、鎌倉に行った。

近くの漁港で、魚や貝を網で自分で焼く店がその人は好きだった。

ふたりでビールを飲んで、食った。

そのときも奴隷だったから股縄をさせた。

ほろ酔いで海岸で寝転んで、石切りををした。

棒きれで、その人の名前を砂に大きく書いた。

カモメが鳴いていて、風に負けそうになり、それでも立て直して飛んでいた。

 

カモメみたいに、ちゃんとしようとその人はしようとしていた。

私もそうしなくちゃいけないと思った。

体がもぎとられるような痛みを感じたけれど、その人の幸福を祝福しなければ男じゃないし主じゃないと自分を鼓舞した。

 

帰ってしまうから、遠くに行っちゃうから、いろんな話を聞いてやりたかったし、おいしいものを食わせたかったし、いろんなところに連れて行きたかったし、調教を厳しくしたかったし、かわいがりたかった。

時間が止まればいいと真剣に思い、このままここにいろと言おうとした。

そのことは、何度も話し合ったことだった。

運命はときに残酷だ。

その話をすると、泣きそうになって哀しそうにした。

それは私の孤独を心配してくれたからだ。

迷っていたけれど、青い鳥のありかをどこかでわかっていて、そのための時間が必要だっただけだ。

経験して、解放して、自分の道を歩けばいい。

ステキな時間を共有できたことは、自分にとってエネルギーになるし、辛いとき優しい気持ちになることができる。

 

ご主人様と奴隷だったから、何を考えているか、どうしようとしているのか、どこでどんな感じで悩んでいるのか、そういうの、なんかわかった。

 

生シラスのうまい店に行った。

おいしいおいしいと食べているのを見て、ほんとうは、最後にもっともっと調教されたいのだと思っていることがわかった。

私のためにはしゃいでいるのがわかった。

 

M性を卒業して、自分の人生を歩むために、一時期私と向き合ったのだ。

真剣だったし、私の孤独と向き合おうとしてくれた。

おもいでになることをわかった上での関係性だったから、もろく、手の砂みたいに強く握っても落ちてしまうような、はかないものだったけれど、だから愛しく、貴重であった。

 

カラオケに行った。

せつない恋の唄を唄いながら、その人は少し泣いた。

私は隣に座らせ、肩を抱き、中島みゆきの糸を唄った。

プリプリのMを唄い、その人はAIKOやいろいろ唄った。

時代の違いが選ぶ唄にわかったけれど、歌詞が、沁みた。

 

涙目のその人を私の目の前に立たせた。

目の色が変わった。

奴隷のポーズを命じると、はい、ご主人様と膝をついて足を開いて、両手を頭の後ろで組んだ。

スカートをあげると、調教される奴隷として腰を少し突きだしたが、胸を締めつけられた。

濡れていることを叱り、ごめんなさいと言わせながら、最後かなと思い、頑張るんだぞと心の中で何度もつぶやいた。

しあわせになりなさいと最後の命令を、もうすぐしなければならないのかなと思った。

 

いろんなことがあり、私といた。

マゾヒズムと人間としての自分に葛藤し、同時進行した。

私たちは変態じゃないですよね、と言うメールを思いだす。

主従というのは、自然と深くなる。

最初は体の悶々やM性を求める。

だんだん、飼われ、管理される自分にあまずっぱくなる。

仕置きされ、ごめんなさいと繰り返したあと、とことんかわいがられ、すとんと落ちるそこは、安らかで、そして私も癒される。

ふたりで星を見て、コーヒーを飲んだり、女の体や仕草や、他人に見せない自分を私にだけ捧げる。

それは私に安心しているからだ。

野外散歩もさせるけど、服を着させているし、社会的におかしくなる露出や外で排泄させたりとかそんなのしない。

もし、ハプバーに連れて行ったとしても、首輪をつけて、足下にお座りさせるだけだ。

裸を他人に絶対見せない。

安心して委ねる相手に、主としてきちんと向き合うのは礼儀だし、矜恃だ。

 

股縄を外すとき、あまえたように、あんと言った。

未来や両親が望むしあわせのための相手には、もうそんな表情や仕草はできないのだから、今だけ、私にだけとことんあまえたらいい。。。

 

濡れている縄のコブを見せて、勝手に濡らしたと叱った。

お仕置きだと、部屋に戻った。

 

首輪をかけ、リードで繋ぎ、四つん這いにさせて鞭を使った。

ローターを入れて、落とすなと命じたり、亀の産卵のように生んでごらんとださせた。

背骨が痺れるような快感や、心の痛みや陵辱される自分への愛しさや、みじめさ、はかなさ、安堵、マゾヒズムのうずき、そして被虐のあまさ。。。

もうそれらは過去のことにしなければならないのだ。

喘ぎ、悶える様を、女としてM女として、どこまでも艶めかしいその姿を、目に焼きつけようとした。

 

ハグすると、おしっことあまえてきて、奴隷としての最後の時間だから、私は見た。

俯いて、子供のようにうなだれていて、それでも安らいだ表情をしていて、そのことがやるせなくて、主従であったのだと、ひとつの季節で、離れていっていい、お前はお前の人生をちゃんと生きればいいというようなことを遠慮うがちに伝えた。

後始末を私にされながら、くすんくすんと泣いていた。

かわいいなと私は思った。

 

空港では、何気ない風を装っていた。

デッキにでて時間を使った。

子供のスズメが強い風にあおられ鳴いていた。

親にはぐれちゃったのかとふたりで心配した。

 

時間がせまり、ゲートに入る背中を見ていた。

背中が震えていて、振り返らないようにと願った。

泣き顔はずっと残ってしまうだろうし、主として鼻汁を垂らした自分を見せたくない。

瞬間、立ち止まり、振り返ろうとしたから、私は名前を鋭く呼んだ。

行けと叫んだ。

肩が落ちて、少し丸い背中で、それでもバッグを転がして、歩きだした。

私は男だから、いろんなことあったから、なんとかやってくから大丈夫だと何度も話した。

若いのだから、私とのことは経験としていい。

奴隷という経験をして、そっとしまって、ちゃんと歩いて行ける。

守ってくれる、ちゃんとした相手を見つけることができる。

 

もしなにかあったら、いじめられたら、いつでもとんでいってやるからなと、背中に行った。

見えなくなってから、どうしようもなくなって、名前を叫んで、ゲートをくぐり抜けようとして警備員に押さえられて、警備室に連れて行かれて叱られたことをその人は知らない。

礼儀を知らないとか、いい大人がとかのデブの説教を遠くに聞いていた。

関係ねえと思った。

がんばれ がんばれ とただ奥歯をかんでいた。

 

 

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