縛られたい 奴隷になりたい 首輪をされたい 調教されたい M女のためのサイト

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首輪で繋がれたい お尻を鞭で叩かれたい願望

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七夕 花火 海 週末の飲み会。。。

自分のまわりのそういうのを、横眼で見ながら、ひとりぼっちで、頑張ってきた。

小さな部屋で、ひとりぼっちでご飯を食べて、それでも、がんばれがんばれって、自分に言い続けてきたのだろう。

負けないようにって、泣いちゃいけないって。

3年、思いながら、こんなサイトを読んでくれていて、覚悟を決めてきた。

純粋だったし、性格がかわいらしかった。

今の自分を超えようとしていたのだ。

もう少し、ちゃんと向き合う時間がほしかった。

 

裸で首輪で繋がれる

 

正直な真剣なメールだった。

 

会った。

明るくて、ちゃんと礼儀もあった。

明るさは、恥ずかしさとか覚悟とかを無理して隠そうとしていたからだ。

その奥に、隠している何かがある。

それはM性だけではない気がした。

 

命令に、ゆっくり脱いでいく。

震えるのは当たり前だ。

それでも、覚悟を決めてきた。

 

ふつうなら、明かりを消してセックスするだろう。

目の前で見られながら、しかもこれから調教されるために、裸になっていく。

 

そんなとき、いつも神々しくさえ感じる。

もしMとして調教を続けたら、それだけで体が火照るようになる。

それは目の奥の光でわかる。

だけど最初はそこまでわからない。

 

慣れてきたとしたら、こころも裸になりなさいと命令するだろう。

 

首輪をかける手が震えないようにした。

最初は、こっちもこころが震える。

リードでつないで、四つん這いになる。

最初は、こっちも気持ちの揺れがあるから、ほんとのところはわからない。

表情でだいたいはわかるけれど、奥のところはわからない。

 

お座りさせて、よしよしと頭をなでると、表情が緩んだ。

必死に、なんどもなんども逡巡して、決死の覚悟できたのがわかり、健気に思った。

それはわかる。

ペットを散歩させるように、部屋の中を、裸で、四つん這いで歩いた。

 

ペットショップで買ってきた糸でできた骨の形の、ペットが遊ぶやつを、放り、「咥えてとってきなさい」。

白いからだがうごめき、床に落ちたそれを口に咥え、戻ってきた。

そして、ちんちんさせて、よしよしと褒めた。

 

こころが壊れそうになりながら、命令に従った。。。

 

はじめての鞭

 

首輪でつないだまま、四つん這いで尻を向けさせた。

背中を反らせて、足を開かせた。

ぐいと尻がせりあがった。

 

「お尻を叩かれたい」というのは、今の自分を忘れたいというのもあるけれど、もっと奥で、誰かにみていてほしい、認めてほしい、自分をわかってほしいというのがあるからだろう。

 

Sとしては、自分のものにしたい、所有したい、奴隷にしたいと思う。

だけど同時に男として、それでいいのかという思いもある。

 

はじめての鞭に、ごめんなさいと繰り返した。

打っては女を柔らかく刺激した。

 

お尻ぺんぺんのようにして、平手で叩いた。

きれいな体が俺の腿の上で蠢いた。

紅くなって敏感になった肌を弱くなでる。

 

M性と人生

 

鞭の後、腕枕をして体をさすりながら話をした。

その子は、ただ自分のM性と向き合おうとしていた。

確かめようとしていた。

 

一生懸命に生きていたのがわかったし、一生懸命調教をされた。。。

 

なんとなく思うのは、M性というのは、個人さでみんな違う。

真正のM女もいる。

Mならば、それを開放して、卒業するか、Mとして生きていけばいい。

それから、M性とは開発されるものでもある。

いじめられてMになったという人もいる。

自分がMかわからないという女性も多い。

ならば経験してみて判断すればいい。

そして、それほどでもないと感じたら、無理にSMすることないし、そうじゃないなら人生に非日常を持っていい。

 

そしてM性とは、恥ずかしいことじゃない。

委ねること、仕えること、体を捧げることで得られる安堵とか。

体を拘束されることで、こころの自由を得るとか。

首輪で繋がれるせつなさとか。

いじめられたときの被虐と、そのあとのあまさ。。。

そういうのはMじゃないとわからない。

そういう自分を持ちながら、人生に命に、夢に向かっていく。

困っている人がいなくなればいいと願い、飢えで生きていけない子供がいなくなるように願う。

Mというのは開放で、落ちることじゃないし、淫乱じゃない。

女として人としていろんなことを同時進行することだ。

野良ワンコじゃない。

飼い主に大切に愛され、飼われる自分だ。

 

コースは言う。

愛、平安、癒し、寛容、強さはすべての人の中にしかない。

あなたはすでにそれを持っている。

それを思いだし、あなたが出会う人にそれを思いだせるような生き方をするだけでいい。

ホーリースピリットにすべてを委ねるだけでいい。。。

 

すべての命は無限の可能性を持っている。

それを辛いことがあると、ブロックしちゃう。

自分の経験だけで、人生こんなもんだとこころに言い聞かせてしまうけど、それでも永遠性を信じていい。

確かに人生いろいろある。

ステキな大人の女になるか、おばちゃんになるか、分かれ目は自分と、そして人とか宇宙の可能性を信じれるかじゃないのかという気がする(個人的な意見)。

 

1回調教しただけで、Mかどうかは俺にはわからない。

多分そうだとかくらいしかわからない。

何度か調教したらわかるけど、1回でわかるのは真正のときだけだ。

 

真剣に悩んで、どうしても確かめたいとか、生涯の思いでにお願いしますとか、真剣なM女だったし、それで主従になれた女性はMだったし、ステキだった。

 

自分は自分の出会いのためにしているだけで、だけど真剣に悩んでいるなら調教する。

俺は奴隷として向き合える相手を求めているだけだ。

それでも、M性に悩んでいる、Mか確かめたいという真剣な気持ちなら調教する。

それだけだ。

それで自分がどう感じるかとか、体の反応を自分で確かめたらいいので、自分の心と体判断するもので、奴隷じゃない相手にそれ以上のことはできないし、しない。

奴隷になれば、お互い向き合い、関係性を深めていく。

その子はちゃんとした女性だから、いずれわだかまりを振りきるだろう。

 

そろそろ、自分にもステキな季節がくるだろう。

 

みんな、がんばれ^^。。。

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