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奴隷になりたい だから少しずつお互いを知る

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人混みの中から小走りで向かってきた。

都会の中で、俺以外は全部他人で、俺もそれは同じだった。

仕事の疲れがほんのりあって、それが女として艶めいて見えて、疲れたかって聞くと子供みたいに首を振った。

当たり前に思えたあの頃、そしてひとりの今、主従のつながりは宝石のように貴重だと思う。

 

奴隷として主に体を捧げる

 

朝から股縄をさせていた。

ご飯を食いながら、酒を飲みながら、控えめに、それでも楽しそうにしていた。

しなくちゃいけないことをして、終わり、俺との時間にほっと息をつく。

健気さが意地らしくて、胸がぎゅっと締まった。

食べて飲んで、いろんな話をした。

眉をせつなそうに寄せた。

 

部屋に向かうとき、広い世界でふたりだけで、だけどひとりじゃないと感じたのは、その子も同じだったろう。

奴隷として主に体を捧げるために、ゆっくりと裸になった。

股縄だけになると、教えた通りに足を開いて背中に両手を廻した。

コブが少しずれていて、それを指摘するとごめんなさいと俯いた。

一度外して、ふたつこぶを作り直した。

開放されてすっとして、また締め直される。

膨らみを開いて、縄をくいこませた。

後ろを向かせてアナルにあてた。

 

別の縄で両手を縛り、胸の上下に厳しく縄を渡すと上を向いた。

髪が揺れて女の香りがした。

縄酔いするM女ほどステキなものはない。

命令された股縄に翻弄されていた体は、縄を待ちわびていた。

縛られながら喘ぎ、その様に、心を震わせながら飼い主として毅然と振る舞う。

 

共有し、共鳴するなにかがSMだと思う。

プレイだけとか、汚いとか、痛いだけとか違うと思う。

 

ほんとの自分

 

足元に横座りにさせた。

そのままでなにもしなかった。

ただ内腿を擦りあわせるのや、恥じらいや、肩が小さく震えるのを見おろしていた。

心の葛藤や体が火照る感覚や、せつなさと被虐に酔う様を飼い主として見ていた。

主の意のままにされる自分が、今は愛しい。

管理されている体だと思うとあまずっぱい。

これからの調教を待ちながら、焦らされ昂らされた自分を捧げる。

 

いい女だと言うと、はいと答えて、内腿を動かした。

縄の刺激に耐えきれなくなって、腰がもぞもぞした。

荒々しく責めるだけがSMじゃない。

口元に指を近づけると服従を示すために、口に含んだ。

指を曲げると従順に舌で呼応した。

 

なぜそうしているのかと聞かれたら答えられないだろう。

わからない人にはわからない。

ひととき、Mの自分でいたいだけで、委ねることにときめきがある。

縛られることで心の自由がある。

膝立ちにさせて股縄を外した。

濡らしたという理由をつけて、それを見せるとごめんなさいと首を振った。

 

お尻をだしなさい。。。

はい、ご主人様。。。

そのあとの飴のための鞭を使う。

焦らされた体を翻弄するように鞭を使うから、子宮に響くのは喘ぎでわかる。

 

鞭の理由を聞くと、お仕置きですと答えた。

 

仰向けで足をM字に開かせた。

飼い主に見せるために素直にそうした。

足を開くとき、あんと哭いた。

そういうひとつひとつがSMで主従の関係性だ。

所有されるあまさ。

委ねる安堵。

奥にある隠していた自分と向き合う時間。

女としての妖艶さと、はかなさ。

 

開いて調べた。

膨らみを指で開くと、調教されたM女として大きく足を開いた。

豆をはじくと、ひっとあごをのけぞらせた。

 

表情の変化を凝視しながら指を使った。

そっと持ち上げて、すっと指を抜いた。

乳首だけを責め、内腿をなぞり、焦らし、喘がせた。

 

豆を親指で人差し指を中で動かすと、許可を与えていないから必死にこらえた。

許可を与えて、バイブを使うと大きく反応した。

寸止めして腕枕で耳を甘噛みして、いかせてくださいとねだらせた。

小さく開放させてから、いきなさいとおあずけを繰り返させた。

 

ふだんは社会の中で凛としている。

その時だけ、俺の腕の中で悶えて喘いで、自分を捧げている。

俺にしか見せない表情は、主と奴隷だからだ。

その人時は、日常を輝かせる。

成長しようとするのが命だし、よりステキになろうとするのが心だ。

進化しようとしているのが宇宙だ。

寄り道したときだけ、野の花が見えるし、教科書のままに暮らしたら味もそっけもない。

間違いながら、傷つきながら、失敗を繰り返して、それでもあきらめないで歩いていくのが当たり前の生き方だ。

不器用でも、辛くても、自分を愛せなくても、すべては経験だ。

今いる場所が最高の学びの場所だといつかわかる。

だからMならMとしての生き方があって、それはそのときだけで卒業するか、奴隷として生きていくかは自分で決めるしかない。

どんなにつらくても、心臓は鼓動をひたすら繰り返して、60兆の細胞は再生を繰り返している。

いっときの気分など関係ない。

辛いとき、大切なものを忘れかけちゃうのも仕方ない。

少しずつ自分に戻ろうとすればいい。

自分をいじめることだけ、今すぐにやめればいい。

 

勇気をだして、少しずつ信頼とか、調教し、奴隷のあまさを知っていった。

悩みながらM性と向き合い、俺との関係性に逡巡しながら開放した。

少しずつで、どんな相手かわからないのに委ねることはできないのは当たり前だ。

 

奴隷になるというのは開放で、それは少しずつ俺を見ながら、委ねていいのかと判断した結果で、いきなりリスペクトできない相手に委ねることなどできない。

真剣に向き合って、なんども調教し、人として向き合うことをする中で関係性は少しずつ深くなる。

 

女の香りと喘ぎが部屋に満ちた。

翻弄されているのは俺の方じゃないかと思った。

 

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