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調教されたい 奴隷になりたい 縛られたい ペットになりたい

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バーでたまたま隣に座った女性は、きれいだった。

さっそうとしていて、自信に満ちていた。

会話もスマートで、誰が見てもステキだなと思うだろう女性だった。

俺はなんか違うと感じた。

話を適当に合わせながら、途中で社交辞令的な言葉につかれてきた。

表面でスマートに上手に合わせるだけが人生じゃない。

ふんばって、ほんとは疲れてんじゃねえかと思った。

お洒落なワインやつまみより、ほんとは味の干物やおしんこで焼酎でも飲んだら肩の力が抜けるんじゃねえかと感じた。

ほんとの自分を忘れかけていて、どこかで気づいてはいるのだろうけれど、流されていた。

 

いい女ってそういうんじゃない。

不器用でも一生懸命、真剣に生きることこそ価値がある。

ほんとの男ってそういうのを見る。

 

そんな生き方をしている女は、目の奥がなんか深い。

必死に生きている目をしている。

瞳の深さと哀愁が女性の魅力だと思うのは、俺がSだからだろうか。

 

しばらくSMをしていないけれど、思うことがある。

 

日陰に咲く花のようなM女

 

 

例えば縛るために、裸になることを命令する。

目の前でひとつずつ脱いでいくとき、期待と不安と、何かを諦めるような、ふっきるような、ふだんの自分から突っ込んでほんとの自分に戻ろうともがくときの瞳になる。

その瞬間に立ち会えるのがいい。

かわいいなって思う。

 

SMってそういうものだ。

SMって深い。

心の奥まで共有するから、支配したいと思うしされたいと思うだろうから相手を深く知り、相手も俺のおくを知ろうとする。

だから、途中で男としての弱さも見せる。

すべてをさらけ出す相手に対してのそれは礼儀だろう。

毅然と向き合いながら、ほんとの部分をわかちあう。

そういうのやらないで、ただプレイだけやら、なんちゃってSMならしないほうがいい。

ハードだとかソフトだとか、それはプレイの内容だけでそういうものじゃない。

 

俺はいつでも恋をして、それでもそれを隠して飼い主として毅然と向き合おうとする。

女の方が感がいいから、だいたいばれちゃって、そういうのわかりながら言葉にはださずに俺と向き合う相手に、女の優しさを感じる。

優しい唄を聞きたくなる。

逡巡しながら少しずつ関係を深めていって、奴隷になりたいと思うようにしようとして、そういう自分になろうとする。

小説や動画の見過ぎの勘違いの人も多い。

現実はこっちも心が震えるし、どう思われているかと考えると逃げだしたくなる。

それでも自分のものにしたいと強く感じ、葛藤しながら向き合う。

それはM女も同じだろうから。

一歩ずつ、関係性が深くなっていくもので、いきなり委ねきることなどできないし、当たり前だと思う。

 

悩みながら、もがきながら生きてる感じってなんとなくわかるし、そういうのが女としての魅力だと思うのは俺だけではないと思う。

だから、少しだけ自信をもって頑張っていい。

頑張ったら休んでいい。

悩んだり苦しむ自分を認めていい。

 

そして、もう、自分をいじめるのはやめていい。

 

せつなげで、か弱くて、肩が少し震えている。

縄をだすと、背中を向けて後ろ手に両手を組む。

縛られながら俯いた表情に、哀愁がある。

ほんのりした女の香りとせつなさがある。

なぜ縛られるのかと、聞く。

教えたように、体を拘束されることで心の自由を得ると答える。

 

器用に上手にすいすい生きていける人もいる。

だけど不器用でも、必死にもがきながら生きていて、スマートにできない自分に傷ついている感じ。

主従は深くなるから、縛るとそういうのがなんとなくわかる。

 

人に囲まれていたとしても、孤独だったのだろう。

自分をもてあましてどうしていいのかわかないのだろう。

(その時間は、ほんとはとても貴重で、いつか答えはあるのだろうけれど)

自分を責めて、今の自分が好きになれなくて、自分を嫌いになりそうになって、それでもなんとかふんばって暮らしている。

M性って、あまえたい、だれかに認めてもらいたい、今の自分を見ていてほしいという心と、性の部分と半分半分だ。

性欲だけじゃない。

だから、縛られながら自分に戻る。

その時、瞳が深くなる。

哀しげで、はかない。

 

そういうのこそ、M女(女性)の魅力だと思う。

ひまわりより、日陰に咲く花の感じがいい。

 

被虐と飴と鞭

 

 

たとえば首輪をかける。

 

チェーンで繋ぐと自分で四つん這いになって下を向く。

曳いて部屋の中をペットのように歩かせる。

そうされながら、ときめいているのがわかる。

無理やりさせているのではない。

自ら奴隷になることを望み、不安を抱えながら踏みだした。

そして被虐のあまさに酔うのがM性だ。

 

お座りやお手を教えて従順に従う。

素直ないい子だと頭をなでると、瞳はとろんとして潤んでくる。

 

犬が遊ぶような、糸でできた小さなボールを投げて、それを咥えて戻ってくる。

ちんちんの姿勢でそれを渡す。

飴のあまさを堪能しながら別の感情が沸いてくる。

鞭のせつなさも欲しくなってくる。

 

咥えたボールを落としたら、仕置きされる。

叩かれるために尻を向け、罰を待つ。

鞭で家畜のように尻を叩かれながら、今度はその後の飴を待ちわびる。

よしよしとハグすると、体を震わせる。

そんな風に翻弄されることを望む、受け身で健気な感じが女らしさだと思う。

 

体を捧げる

 

それから、体を調べてもらうために捧げる。

奴隷のポーズになる。

膝立ち、両手を頭で組む。

自分で広げて見せてごらん、という言葉は体の芯に響く。

逡巡してから、覚悟を決めたように上を向いてから、俯いて自分で開いて、飼い主にさしだす。

縄と首輪で濡れているのを確認される。

よしというまでその姿勢でいなければならない自分が愛しい。

濡れ具合、膨らみ、柔らかさ、温かさを指で検査される。

クリットを転がされ、喘ぐ様を捧げる。

 

後ろを向かせて、尻を捧げる。

両手を背中で組まされる。

背骨を反らせて、尻を持ち上げて足を広げる。

尻の肉を外側に開く。

締めて、開いて、ひくひく動かすことを命じられ従う。

羞恥に頭が白くなり、体の芯が熱くなる。

 

焦らしと開放

 

ようやく求めていた刺激を与えられるために、もう一度縛られる。

調教のはじめの縛りと違う。

体の制御ができなくなっていて、主の望むままの自分であろうとする。

縛られ、道具で、指で、筆で昂らされ、焦らされる。

体は刺激に反応するだけで、体の欲するままに喘ぎ悶える。

その様子を、ご主人様が楽しんでいることがいい。

 

すぐそこまで追い上げられて、おあずけされる。

何度も繰り返され、自分の体は誰のものかと聞かれる。

指や筆を与えられたいから、自分のものではないと答える。

ご主人様のものですという。

 

褒美を与えられ、また止められる。

調教される今、もうひとりの隠していた自分でいられる。

調教され、飼われ、管理される奴隷の自分でいるだけでいい。

荷や苦やさみしさから、解き放たれる。

奴隷に堕ちて、誰にも言えない部分を癒し、満たし、女としてMとして人としてステキになる。

それが開放だ。

ずっと続くのか、人生の一時期なのかわからないが、今は調教される奴隷でいていい。

 

哀願と奴隷の作法

 

お許しくださいとなんども哀願する。

いかせてくださいと繰り返す。

自慰を管理されていること、自分は主のものであることを誓わされ、許される。

主の許可がないと開放できない奴隷だと言葉にしながら、自らに言い聞かせる。

許可をもらい、躾けられたとおり、おねだりする。

いきますと寸前で報告し、いくと教えながら開放する。

女としていちばんきれいな瞬間も主に捧げる。

開放の瞬間とその余韻もさしだす。

 

それから躾けられたように、足を開いて見せる。

余韻に動く様子も見られているのだと思う。

温かいタオルを置かれると涙がでて、それもご主人様のものだ。

丁寧に拭かれながら、

たゆたう思いや体の弛緩や癒しは奴隷の特権だから、今だけにいればいい。

なにも思い煩わなくていい。

 

M性はただ性欲だけじゃない。

奴隷になりたいというのは、あまえたいからだ。

それはさみしいからだ。

もうひとつは隠していた自分と向き合うこと、そしてその開放だ。

 

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