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SMと依存 別れるべき相手との向き合い方

投稿日:

 

40代の主婦の方。

不倫で主従の関係の相手がいる。

相手には他にもおつき合いしている女性がいるらしいとのこと。

関係を終わらせたいけれど、調教され、命令されると離れられない。。。

(本人の許可をいただいて書いてます)

 

偶像崇拝は偽のしあわせの姿であること

 

SとMの場合の多くはMのほうが思い入れが強い。

Sは命令したり、する方で、Mは体をさしだし大きな刺激や羞恥や被虐があるからそれは当然といえば当然だ。

だからつい相手に依存しがちになってしまうのは仕方ない。

つきあってみて、相手が違うと思っても離れられないというのはSMの世界では多い。

まず多いのは、出会いサイトで知り合って数回だけ関係して相手が多頭飼いしているというメール。

それはここに書いてます。

 

ここで書くのはそういうのじゃなく、お互い真剣でそれでも辛い関係性の時のこと。。。

 

栃木からきた。

リクライニングチェアで目をつぶってもらい、話をした。

 

何か物足りない、引っかかっているものがあるのだ。

だけどそれは誰にでもある。

完璧な人生なんてないし、完璧な人格などブッダやイエスくらいのもので、みないろいろ抱えながらも必死に生きている。

それでもそれが大きいとき、なにかで埋めようとする。

それは刺激の強いもので、人によりドラッグだったり、ギャンブルだったり、買い物だったりアルコールとかセックスとか人による。

SMの場合は、偶像だ。

飼い主を必要以上に偶像化しちゃう。

辛い今を忘れたいために、頭ではわかっていてもMとして飼い主についていこうとする。

 

その人は、調教を動画で撮影しそれを売って金儲けすることに同意することを強制されようとしていた。

断ると別れをほのめかされ、どうしていいかわからずに、きた。

よくわかる。

苦や荷やさみしさから解き放たれたい、しあわせになろうとするのは本能だから。

 

ほんとのしあわせは自分の中すでにある

 

ゆっくり話をした。

人は頭の理解や知性より、心を優先させる。

心は本能に従おうとする。

辛いことを避けようとするのは自然なことだ。

辛いのはトラウマやカルマといって、自分の中にある何かだ(これについては次に)。

調教されるといっとき癒される。

日常に戻ると、また辛い。

そうすると、表面の心は「ここが幸せの場所だ」と勘違いしてしまう。

相手を必要以上に偶像化してしまう。

あたかも白馬の王子様のように感じちゃう。

ここに気づくことが重要で、みんな弱いから仕方ない。

だから、あなたの悩みは女として当然で自然なことだと話した。

そして弱さを知ることは強さになれる。

弱い自分とまず理解して、少しずつ向き合えばいいのだ。

弱い自分なのだから、できることからまず始めればいい。

もっと言えば、強さ、癒し、自分に対する赦しはもともとあなたは持って生まれている。

 

SMは刺激が強いから、日常を忘れられるし頭が白くなるし、体が反応する。

それを繰り返すとこころが、「ここがしあわせのありかだ」と思ってしまう。

それは辛いのに頑張って生きている自然の心の傾向だ、と。

心は魅力に向かおうとする傾向がある。

しあわせになろうとするのは自然の本能だ。

しあわせの源だと信じてしまう。

 

ほんとのしあわせとは自分の中にしかない。

辛い心が何かにすがろうとして、かりそめのしあわせにすがりつこうとしているだけだ、と。

なぜかというと、そこまで辛かったし、無理をして自分を殺して頑張ってきたから心が悲鳴を上げている。

上っ面の癒しを求めることはそれを繰り返すことでしかない。

 

その人は泣きだした。

何も言わなかったけれど、だったらどうすればいいのか、という問いに対する答えを求めていた。

 

しあわせの青い鳥のありか

 

すぐに人生を変えられるほど、人生は軽くない。

奇跡の言葉などない。

それでも、まず答えを伝えることから始めた。

 

すべての人類のほんとの源は自分の中にしかない

 

実はこれが伝えたいことのすべてだ。

しかしそう単純にはいかない。

ほぐれた糸をひとつずつほぐす。

かけ違えたボタンをかけなおす必要がある。

 

奇跡のコース(以下コース)は伝えている。

 

誤解していることがある。

真理は愛、平安、寛容、強さで、あなたはすでにすべてのものを持って生まれてきた。

しかしエゴがそれを隠してしまっている。

あなたは真理をみつけるために、エゴによる苦しみを体験しそれを乗り越えるために生まれてきた。

自分のほんとの立ち位置に戻りなさい。

そこにすべてある

 

わたしもSだ。

苦いときもあるし、あまいときもある。

理想と違う自分を責めたり、思うようにいかないことに傷ついて、それでも必死に生きている。

 

今の関係を、今は続けるか保留して、自分と向き合ってみたらいい。

心の表面は、手に届く幸せを求めるけれど、あなたの心の奥のほんとのあなたはそれを求めているかどうか。

自分を責めることもないし、急ぐこともないし、性急な将来の計画を思い患うことはない。

完全じゃないのが当たり前の人だ。

悩みながら苦しみながら成長しようとするのが生物の本能で、宇宙進化の不変の法則だ。

ほんとを崩さない、ほんとのSMってどんなだろうと想像したらいい。

 

いつの間にかほんとの自分とかりそめの自分と取り違えていただけで、少し勘違いしていただけではないのか。

分離といって、それは誰にでもある。

あなたの家族、子供さん、ご両親はあなたのしあわせを強く願っているし、あなたもその人たちのしあわせのためには何でもできるはずだ。

そしてほんとのあなたは今のあなたを、赦している。

気づくのをそっと待っている。

 

さみしいから偶像を自分の心が作り、それに幸せを投影し、繰り返すことでそれを強化してしちゃっただけなのか、その人の言う通りビデオにでて尊厳から崩されることにさえ幸せを感じるのか。。。

泣きじゃくっていた。

途中から私も泣きだした。

被虐とは、愛されている相手に何かをされるときに感じるものだ。

私は自分の奴隷を仕置きしたり、凌辱したあと必ずハグする。

拷問や痛めつけるのだけなのはSMではない。

SMを誤解して、とことんまでいくと、相手が死ねといえば死ぬまでいく。

心は弱いもので、そこじゃなく、その奥のほんとの自分と向き合ってみろ。。。

ステキなSMをしている人はたくさんいるし、私もそういう経験だけしてきている。

大丈夫だよ。。。

 

そこまでだ。

まだそれ以上は無理だった。

自分と向き合う時間は、宝石のような貴重な時間だ。

そしてそのために、何もない人よりよりステキになれる。

 

半月後、もう一度セッションの予約をして、せっかく来たのだからとしらすを食って少し酒飲んで帰っていった。

背中はまだ弱弱しかったけれど、背骨は少ししゃんとしていた。

 

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