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M女調教日記

スパンキング願望

投稿日:2017年10月28日 更新日:

 

 

凌辱をちえは求めていた。

そのことはわかっていた。

 

厳しいお仕置きの後の、優しい時間も癒しになるだろう。

それもわかっていた。

 

それは、絵にかいたようなしあわせの裏側のことだ。

今、頑張っているから、それが生きてくる。

人は単純じゃない。

SMは、大人の恋愛で、とても深い。

 

ばばあの飲み屋で

 

仕事が辛くて、酒を飲んでとても酔っていた。

場末の飲み屋で酔っぱらいながら、それでもちえとの時間を気にした。

 

濃い化粧のババア(ママさんだった)の皺を見ながらちえのことを考えていた。

恋になっちゃったなあ。。。

 

いずれ、白内障の手術をすると言っていた。

その前に肝臓がよくないので酒を止められていたけれど、ババアは毎日酔っぱらっていた。

ババアの口紅は少しずれていた。

老眼だからだろう。

最初は吹きだしていたけど、もう慣れた。

笑う皺は、少しやびていて、最初はそれがいやだった。

私のお客さんのおばあちゃんのきれいな年のとり方の皴とは違う。

それが汚らしくてきらいだった。

 

今ならわかる。

人生はいろいろだし、理想通りに行かない。

ババアのやびた、引きつった表情は、理想通りにいかない自分を責め続けてそうなったのだろう。

ほんとは、生真面目でやさしい女なのだろう。

 

もうすぐちえとのスカイプの時間だ。

帰ろうかと思っていると、隣のハゲの声が聞こえてきた。

「水割りに氷がないならどうすんだ」

「ないんだから、ないんだ」

「それでも商売か。。。」

「うるさいね、くそじじい」

「くそ垂れないじじいがいるか」

仕方がない。

「俺買ってきてやるよ」

そう悪いね、あんちゃんいいやつだなとか言われながらコンビニで氷を買いに行った。

ちえが待っているのに。。。

 

小さな恋

 

ババアが飲みだして愚痴を言い始め、ハゲの頭が桃色になるころ、部屋に戻った。

急いでパソコンをつけた。

 

ちえがいた。

首輪をしていた。

弱々しくて、ふだんの日常を一生懸命すごしてきた人間のすがすがしさがある。

 

自慰を禁じているので、管理されている自分を意識しているであろうから、首輪をして待っていたのが、意地らしかった。

 

画面の向こうのちえを見てわかったことがあった。

真面目なこの子は、日常の世間でいうしあわせを、ほんとにそうなのかと探っている。

ほんとの自分と向き合おうとしている。

けれど、不安とか、それでいいのかとか逡巡している。

しあわせの青い鳥がどこにいるのかを、ちゃんとわかっている。

それでも。。。

そのことにも悩んでいる。

そういうところがいい。

 

勇気をだして、自分のために奴隷になろうとした。

奴隷になったら、今度は私の孤独や辛さに共感してしまい、悩んでいる。

そんな表情だった。

そして私に、ご主人様としてとともに、恋をしてくれている。

 

もっと、はっきりわかったことがある。

幼いころの、両親に見守られていた、やさしい時間に戻りたいのだ。

戻るのは無理だけど、その時間を求めているのだ。

そしてそれは、自分の頭ではわからないのだ。

こころの奥のことだから。

 

そして私も、この子に恋をしていたのだ。

ちえは家族とともに生きているけれど、もうひとりの自分は闇の中で泣いている。

 

ほんとのMの自分

 

電マでじりじりさせて、止める。

もうひとりの自分とちえは向き合っている。

さなぎから脱皮しようとしているのは、私しかわからない。

私は奴隷のこの子に恋をしているからわかる。

SMはそういうものだと私は思う。

服を脱ぐ時、儀式のように、もうひとりの自分になるために脱いでいく。

所有されている自分に酔う。

日常は頑張らなければ生きていけないから。

 

そういうことをわからないなら、SMの世界に入ってこない方がいい。

適当にセックスして満足したらいい。

それで心が満たされるなら。。。

 

縄をドアとドアにつないでまたがせる。

「両手を背中に廻しなさい」

「縄に女をあてて」

「腰を前後にゆすりなさい。喘ぐお前を見せなさい。解放しなさい」

一生懸命に命令に従う。

いやらしく見えないのは、この子の毎日がきれいだからだろう。

こころが澄んでいる。

覚悟がある。

遠いけど、会えないけれど、生活が優先で、腹の立つときもあるけれど、でもそういうのに恋をしている。

 

尻を持ち上げさせた。

「ごめんなさい、は?」

仕置きの理由はいくらでもある。

乗馬鞭で叩かせる。

ぷるんと尻が揺れると、たった一度会った時を思いだす。

やっと会えた短い時間を、この子は大切にしようとしているのがわかった。

透き通るような肌だった。

きめが細かくて、透明な清潔な、正直な感じがあった。

自分を偽らない、潔さもあった。

 

厳しく縛り、足に上体をあずけさせて叩いた。

あっ あっ という声が ああとなった。

「いたいよう」といった言葉のトーンはすべてを含んでいた。

真面目な毎日を、しあわせな家庭を守りながら、子供のころの、両親に見守られていたあのころに戻りたいのだ。

誰かに、ほんとの自分を見ていてほしいし、自分でそれをこころの奥からひきだしたいのだ。

 

奴隷のこころのひだを感じるのは飼い主の責任だ。

共有することは悦びだ。。。

ちえはそれを思いださせてくれた。

 

いい子でいた自分が偽りではなかったか。

ほんとはそうじゃない、女でありMの自分と向き合おうとしている。

この子の性格なのだろう、そのことも一生懸命なのだ。

私との関係にひたむきで真剣だ。

 

涙がでたけど、向こうからこっちは見えない。

 

ちえは自分のすべてをさしだす。

飼い主の私は、自分の闇を隠す。

それでもそこがほっこりしてくるから不思議だった。

 

おねだりさせて、焦らして解放させた。

足を開いて、私にいったあとの恥ずかしさをさしだした。

「始末しなさい」と言いながら、また泣きたくなった。

リアルなら私がやさしく、そっと、そうしてあげるのに。

そのあと、枕をあてて寝そべると、幼いころそうであっただろう表情に、私はいつもうっとりした。

静かでやさしくて、すべてを忘れて今を安らいでいる。

明日からまた慌ただしい、けれど、ちゃんと向き合える。

それを私にだけ見せるこの子は、私を信頼している。

それが主従であろうと、思う。

 

ごめんなさいや、叱られること、お仕置きはもうひとりの自分の解放といつも頑張っている自分へのご褒美だ。

いい子で少し無理をしている日常と違う自分が、それを求めている。

その自分はこころの隅っこでうずくまって泣いているのだろう

今度、リアルで会ったら、尻を捧げるようにさしださせ、服従の言葉と奴隷の誓いを復唱させながら、きれいな体を叩いてみたい。

ただ打つのではなく、ちえのこころを感じながらきれいな体を虐めたい。。。

 

それは私たちの愛情の表現だ。

それは歪んだ愛の形ではない。

 

表面しか感じない人は、プレイだけを求める。

SMはこころに関することだ。

被虐、凌辱、飴と鞭。。。

そしてカルマの解放、癒し。。。

 

人は性の部分を、蓋はできても無視できない。

きちんと向き合って、納得させて、人生の一部として受け入れないと、理屈だけの、きれいごとだけ、表面だけの人になる。

人情とか、風とか、月とか、海とかとSMは同じだ。

ほんとの時間だ。

そしてそこから、それだけではない命の意味に気づくのではないかと思う。

悩んで逡巡して、傷つきながら、それでも生きていくのが、古今東西、人間の生き方だ。

 

ちえはそういうことをわかるために、奴隷になっているし、健気でかわいい、だから、今はこの子しか見えない。

会えないことが悔しい。

 

鞭を使うのは、かわいらしさと女らしさを、Mの妖艶さをひきだすことだ。

被虐の感覚によっている時のM女の表情ほどステキなものはない。

 

捧げるように尻をだしながら、こころは大自然のままの無邪気で元気なものになっていく。

小難しい理屈じゃなく、その時、エネルギーの質が違うような感じがする。

いつか脱皮して、よりステキな女性になるための儀式のようかもしれない。。。

 

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