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体と「こころ」の奴隷の調教

投稿日:2015年10月29日 更新日:

 

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M女のかわいさは、神にさしだすように私に肉体をさしだすことだ。

 

膝立ちで、両手を後ろに組んで、ご主人様に肉体を捧げる。

腰を前に突きだす。

 

その姿は神に懺悔する人に似ている。

 

祈る人に失礼かもしれないけれど、その姿勢は祈る人にとても似ている。

 

私は愛奴に全てを委ねることを求める。

それがSMだ。

 

それからその姿勢で自分で開かせて、調べてくださいといわせる。

それから後ろを向かせて、お尻を突きださせる。

M女は操られるように、儀式のようにゆったりその姿勢をとる。

 

そして両手で外側から広げさせる。

アナルも丸見えになる。

前からと後ろから、体の隅々まで検査する。

それは飼い主の権利だ。

それでそのままの姿勢でしばらく何もしない。

私にに捧げるように恥ずかしいところを広げている自分と、いつもの服を着た自分を比べて酔い始めるのがわかる。

 

まるで生贄だ。

 

こころの検査

 

体の検査は心の検査でもある。

検査というより従順さ、帰属、服従の確認かもしれない。

 

すべてをさらして、すべてを管理されて、主に支配されていたいと思うのがM女だ。

飼い主が求めるままに素直にすべてをさらせば、もっと可愛がってくれると思うと、あまくなる。

素直にできないときは、叱られると思うと、せつなくなる。

いつまでも飼われていたいと思う。

 

奴隷の心が読めなければ、飼い主として失格だろう。

覚悟がないと奴隷にはなれない。

あまい世界に進めない。

それでも勇気をだして一歩踏みだせば、あまくせつない世界がある。

だから、あまいSM せつないSM。。。

気持ちいいだけとか、SEX依存とかとSMは違う。

大人の主従の関係だ。

 

服従して支配されたいのは、かまってもらいたいからだ。

不安だから、誰かに自分を見ていてもらいたいからだ。

私はここにいるよ、と叫びたいほど孤独だからだろう。

それはさみしいからだ。

さみしいのは、辛い何かがあるからだ。

 

私たちは、すべての人は幸せになりたいと思っている。

その時の幸せは、辛さを忘れることだ。

それにふたをしようとする。

食べるのが好きな子はケーキを食べる。

お酒が好きな子は飲んだくれる。

M女は、ご主人様に仕えて委ねることで辛さを忘れようとする。

あまえて委ねてくる。

だからかわいい。

 

完全じゃなくて、いい。。。

私たちは人で機械じゃない。

理想と違う自分に傷ついて生きているけれど、ほっこりしたり、やさしい気持ちになるときがあってもいい。

 

M女はほんとは心の奥のしこりを癒そうとしている。

それを真面目な子ほど否定するけど、完全主義をもうやめてもいいと思う。

私も人生とは何ぞやと悩んで、何度もインドにいったけど、答えはなかった(インドはとても深いので私が理解できなかっただけなのだけど)。

幸せの青い鳥は、結局、外にはなく、自分の心の中にあったっていうお話、大人になると身に染みるね。

 

こころの調教

 

みたいなことを、偉そうに私は差し出された尻に向かって話す。

M女はその姿勢のまま、はい、と返事をしている。

それでもいつの間にか、間をおきながら、ごしゅじんさまとなやましく、ささやくようになる。

その瞬間、その子は、自分を責めるのをやめている。

今の奴隷の時間を生きる。

 

それから、ゆっくり縛る。

どんな気持ちか聞く。

反応でわかっているけれど、自分で言わせる。

とろんとしています、とか、とけそうです、とか、いろいろな答えが返ってくる。

 

それからじっくり責める。

いきなり縛って、道具で気持ちよくさせてというのはただのプレイだ。

体を縛るのは、心も支配したいからだ。

体の不自由さは心の自由さがある。

拘束すると、自由がないので心は諦めて恭順と服従をする。

そうすると、支配されている自分(いつもと違う自分)がかわいくて、惨めで、可愛そうでもあって、自分を愛しくなる。

そうしてご主人様に所有されている奴隷という立場がすてきなものだと、その時わかる。

ご主人様の意のままにされたいと思う状態になって、優しくあまえさせ、厳しく調教する。

だから、SMは深い。

 

課題を作ってトライさせる。

例えば電マを我慢させる。

我慢できれば、褒美だし、できなければ仕置きだ。

でももう奴隷にとってはどっちもあまい責めだ。

そこまでもっていかないと全てを委ねてくれる相手にSとして君臨する資格はない。

そして、もし若い子ならば将来を私がコントロールしてはいけない。

私が所有できるのは今と少し未来だけだ。

 

2回だけ、調教した子がいる。

その子は心のつながりを求めてくれた。

私はその子を傷つけちゃった。

それでも、「忘れません」といってくれた言葉がずっしり残っている。

純粋さ、まっすぐに向き合う姿勢を思いださせてくれて、誕生日にメッセージをくれた。

心のきれいさに驚いて、私はその子に大人の汚れた経験をさせてしまったのではないのかと逡巡した。

 

若いのだから、たくさん恋をしていろんな経験をして大人の女になって幸せになればいい。

真正のマゾならば、ついてくるなら飼い続ける。

生涯その覚悟があるならば、パートナーとしてその人しか見ない。

 

委ねるかどうかは奴隷が決めることで私じゃない。

そういう覚悟がないと、奴隷としてついてきてくれない。

ちょっと、理屈っぽかったかなあ。。。

 

 

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