縛られたい 奴隷になりたい 首輪をされたい 調教されたい M女のためのサイト

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SMコラム

愛のあるSM 癒しのSM

投稿日:2017年6月18日 更新日:

 

ひとりで海まで歩いてきた。

降りだしそうな空で、風が強かった。

青い空と青い海もいいけど、灰色の海も悪くない。

男っぽく、波がどしゃんと割れる。

ざざざって砂をさらって戻っていく。

延々と続いて、たぶん、生きているんじゃなくて生かされているんだろうな、なんて思った。

 

野生の感覚

 

元気がないときはこういう海がいい。

勇気がでるまではいかないけれど、慰められるような気がして野生の感覚が戻ってくる。

オホーツクとか北陸とか秋田とかの海はこれに近いのかな。

 

砂が顔に飛ぶ。

荒々しさの中に哀しい感じがある。

さみしがり屋なのは子供のころからだ。

昔、奴隷に言われたことがある。

ご主人様は感性が豊かだから、感動するのも傷つくことも人より多い。

それをそばで共有できるのは自分にとってとてもプラスになる。

そんなかっこいいもんじゃない。

弱い自分で、それでも頑張って生きているじぶんなだけだ^^

 

SMは愛し方だ

 

奴隷とは恋人だ。

こういうサイトをしていると、何人奴隷がいるんですかと聞かれるときもあるけど、一対一だし、過去も数人だ。

だけど、濃密で大切な関係性を持つことができた。

自分がMなのか確かめたいと縛られにきた人は数人いる。

それをのぞけば、奴隷と飼い主として向き合い、管理して委ねてきたのは数人だ。

 

出会いサイトのノリの人は断るし、なんとなく駆け引きしてくるようなメールも断る。

自分はMだとか、悶々としているとか、切実さがいい。

健気な感じがするからだ。

 

一生懸命生きていて、それでいて自分のMの部分を解放したいとか確かめたい。

だから、怖いし不安だけど奴隷になりたい。。。

勇気をだして、不器用にストレートにぶつかってくる。

そういう感じがM女であって、かわいく思う。

 

何でこういうことを書くのかというと、なんだか多くの人がこのサイトを見てくれているらしくて、SMに対する見方が変わりました、すてきなものだったとわかった、パートナーともう一度真剣に向き合ってみますという、メールをいただく。

悩んで、苦しんでいる人も多いことがわかった。

私などが偉そうなことは言えないけれど、SMはあまく、すてきなものなんだとわかってもらえたらいいというのがひとつ。

もうひとつは、出会いサイトのノリやセックスの延長で関係を求めてくる人もいるからだ。

複数の人と関係しているだろうとなんとなくわかったり、淫乱メス豚の○○をどうのこうのというきれいじゃない言葉とか、なんとなく駆け引きが上手そうで調子のいい感じとか、好きじゃない。

 

主従の関係は、深くて真剣でお互いを思いやり、温かいものだと信じているしそういうつながりならもちたいけど、そうじゃないなら一人の方がいい。

奴隷になることは落ちることだとか、マイナスのイメージがあるならやめた方がいい。

男と女として、人と人として、向き合えなければ主従じゃない。

 

って、かっこいいこと思うけど、やはりさみしい。

 

波がまたどしゃんと落ちた。

弱い自分を叱ってくれているように思えた。

 

日常の一部として、つまり非日常として奴隷の時間を持つのもいい。

真正なら、奴隷として生きていくのもいい。

 

依存しすぎなければいいので、真面目過ぎてあれこれ考えすぎることはない。

奴隷として主の前で裸になって、自分をさしだすとき、こころもさしだしている。

飼い主に飼われている自分、管理されている自分は、その時弱くてもろくて、かわいい。

 

縛られて自由を拘束された時、自分と向き合える。

首輪で繋がれて四つん這いに這うとき、うっとりとした安堵感がある。

見ていてくれて愛してくれる相手に体をさしだし、検査を受けると、管理されている自分だと感じて甘酸っぱい哀しみがある。

昂ぶらされて、焦らされて、飼い主の意のままにされる自分がせつない。

はい ご主人様というとき子宮が疼く。

そういうのがSMで、痛いとか汚いとかじゃない。

 

だから信頼できる相手を選ぶべきだし、SMと真剣に向き合えば、ふだんの人生も充実するし女としてきれいに絶対なる。

縛られて俯いている自分をきれいだと思えるからだ。

それはおばあさんになってからではできないことだ。

 

M性は女性としてのかわいさだ

 

Mであることを恥じることはない。

あまえたいというこころの奥の願望だからだ。

それは心細いからだ。

それは、ふだん頑張っているからだ。

すなおじゃないとお仕置きされて、ご褒美を与えられて、こころの芯が癒されてじんとなる。

日常を一生懸命頑張って、週末はそうされたいと思うのは恥ずかしいことじゃない。

人生の一時期、奴隷の時間はあっていい。

そのまま奴隷として生きていくか、卒業するかはあとから答えをだせばいい。

 

体を見せなさい。

足を開きなさい。

お尻をだしなさい。

奴隷のポーズになりなさい。

ごめんなさい、は?

縄をだしたら両手を背中で組みなさい。

股縄のおねだりしてごらん。

そういう言葉は、あまい囁きになる。

 

かもめが風にあおられながら飛んでいく。

もう少し北の方にいくのかな。。。

 

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