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SMコラム

性奴隷願望

投稿日:2017年12月24日 更新日:

 

静かな、あまい息づかいだけが聞こえていた。

もうずーっと昔のことだ。

やっと少し書けるようになった。

 

 

天井のフックに吊られた白い体が目の前にあった。

両手は縛ってある。

足を開かせているから人の字型の体が私を癒した。

許してという声がかすれて遠くに聞こえる。

竹刀を両足に縛り固定する。

 

竹刀で叩いていた尻をさすると熱い。

遠隔ローターを入れてソファに座った。

ああ  とあごを上向かせる。

まだ仕置きは終わっていない。

 

ゆっくりくつろぐ。

落としたら仕置きだというと、はい ご主人様。

Mの部分と向き合い、癒そうとしていた。

ちょんちょんとコードを引いて、落とすまいと努力する姿をじっと見る。

表面の殻を脱いで、自分に戻る時間だったのだろう。

ふだんの自分ともうひとりの自分がせめぎ合い、少しずつMの部分が顔をだす。

その時の仕草ほどじょせいとしてきれいなものはない。

SMは、女性の美しさを際立たせる。

はかなげで、あきらめたようで、恥ずかしさと不安と。。。

お仕置きされることは、隠している自分にとってのご褒美だ。

 

スイッチを入れると、ひいいと哭いて 許して許してと繰り返していた。

ローターを半分くらい顔をだすまで引っ張って、力を抜くとぬらりと呑み込むのを繰り返した。

 

真性だったから、厳しくした。

わざと強く引っぱり落させて 「ああ おゆるしください」というのを鞭を使った。

数えさせて、何をされているのか尋ねた。

「お仕置きされています」

自分の状況に、被虐を感じさせる。

それがあまくなるのは、瞬間の優しさを与えた時だ。

打たれる回数を数えさせて、思いきりハグしてキスをする。

骨がきしむほど腕に力がこもるのは、こころのままにそうする。

柔らかい体は私のものだ。

いじめるのは、こころを翻弄して支配したいからだ。

それがSMの愛し方だ。

だからSMは大人の男女の関係に関することだ。

 

開いた股の間に椅子を持ってきて、目の前に座る。

今、目の前に吊られている体は私が所有している。

女としてMとして、すべてを晒していることに羞恥からせつなさに変化する様子をじっと眺める。

被虐を悦びに転化するのがM女だ。

優しさにあまさを感じ、そしてまた凌辱を与えられ、心の変化までコントロールされている自分だと思うと、奴隷としての悦びをやっと知る。

 

目の前に濡れている女がある。

膨らみをなぞり、アリの戸渡、鼠蹊部を弱く責める。

優しさを与える。

お仕置きされている自分、鞭打たれていた自分が今度はあまく責められる。

そうして体を翻弄されて、心も制御できないまで高められ、すべて飼い主のためになすがままにされる。

飼い主に繋がれて、体を管理されてさしだしたから得られるMの悦びだ。

 

道具を調べてくださいと言わせると、体をぶるっと震わせた。

静かな時間が流れる。

尻を叩いて腰を突きださせる。

開いて豆をつまむ。

指で中を確かめる。

柔らかく、温かく、せつなく、哀しい。

指の動きに 「いやあ」と哭いて、恋をしていると思う。

 

昂ぶらせて、寸止めして、ソファに座ってすべてを眺める。

眉を寄せてじっと耐える姿に、これまでの人生まで嫉妬する気持ちになる。

 

奴隷として体を管理され、支配され、愛され、弄ばれる。

そのことに自分でも酔っている。

焦らされて、もぞもぞ動く姿態を見られている。

それでも所有されている体だと思うと子宮が疼く。

そして、飼い主の腕の中にやっと安らぐ場所を見つける。

 

放置という責めに、なにもされない。

それでも愛されて、調教されている自分だと思うとあまずっぱさがある。

 

SMはそういうものだ。

うっとりしたころ、白い体にゴムを巻きつける。

「ごめんなさい ゆるしてください」と繰り返しながら、次の責めを心の奥では待ちわびる。

女をかわいがりながら、巻きつけたゴムを引っぱって放す。

肉にはじける。

快感と痛みを与える。

痛いとか汚いがSMではない。

マニアックとか変態がするのがSMではない。

当たり前の生活に大きな何かをつけ加えることだ。

 

ふだん、社会でふつうに頑張っている女性が調教された時、その表面の殻を破り脱皮して解放するのがSMだ。

そして、人生は充実して、夢や努力が自然にできるようになる。

 

主従の関係が終わっても、振り返ると、せつない季節の思い出が傷ついた自分の背中をそっと押してくれる。

奴隷になるということは堕ちるのではなく、ほんとの自分を解放することだ。

きれいな大人の女になった自分は勇気をだして一歩踏み出したからだ。

 

性奴隷というもうひとりの自分との出会いだ。

 

もっと見ていてもらいたいと感じるようになり、嫌がっていたことを承諾させられ、自分から望む。

縛られて、ご主人様のほんとの奴隷にやっとなれたと、心の奥で深く安らぐ。

それがM女のありようで、飼い主はそんな奴隷を慈しむ。

SMを勘違いしている人が多いけど、SMとはそういうものだ。

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