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SMコラム

奴隷になりたい 首輪をされたい 飼われたい 調教されたい Mとしての悦び

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Mであることは恥ずかしいことじゃない。

さみしさ、あまえたいという心の奥の願望だろう。

小さいころの両親に包まれていたあたたかさやほんのりした気持ちを取り戻したいのだろう。

 

SMはマニアックや変態の行為ではない。

主従の関係は究極の恋愛かもしれない、と思う。

 

縛られるというのは、縄にハグされること

 

拘束されることで、M女は守られている、委ねていると感じてほんのりとしたあまさを感じるようだ。

奴隷として体を飼い主に捧げる。

ご主人様の悦びのために体を使われる。

いじめられ、かわいがられ、焦らされ、その様をすべて見られる。

最初は頭が真っ白になるほど恥ずかしい。

惨めな自分がかわいそうに感じる。

それが、少しずつ、被虐の悦びに変わっていく。

征服されている自分、管理されている自分だと思うとあまずっぱくなる。

 

首輪で繋がれた時のこころの静けさ

 

裸で犬のように首輪をされて繋がれるのも似たような気持ちになるみたいだ。

飼われている自分、かまってもらっている自分、飼い主に管理されている体。

首輪で繋いで四つん這いになるとき、飼い主のための自分だという覚悟のような表情になって、せつなげになる。

飼い主は服を着ていて自分を繋いでいる。

自分は裸で繋がれている。

Mの自分と正面から向き合う時間で、これまで隠していたり、割り切れないで悶々としていたものとちゃんと向き合い、そこを癒し、解放する。。。

歩かされたり、犬芸を命じられてかわいくポーズをとる自分を、かわいいと褒められる。

飼い主のためのペット、飼われる悦びはしみじみとしたせつなさを感じる。。。

 

お仕置きとご褒美 飴と鞭

 

調教を受けたり、命令されて頑張ってみる。

高められて、焦らされる。

躾けられて、守ろうとする。

少し厳しい命令を受けて、できないと囚人のように、子供のようにお仕置きされる。

お仕置きはせつない責めだ。

そしてそのあと、よく頑張ったとご褒美を与えられる。

鞭の後の飴は、とてもあまい。

 

管理されるやすらぎ

 

自慰を管理されたり、生活を報告したり、下着を許可してもらえなかったり、なにかを命令されたりして暮らす。

管理されている自分が、かわいそうなようでもあり、愛されているという気持ちもあり、ぞくぞくする、らしい。

離れていても、調教されている私はご主人様のものだと思えて、日常を頑張れる。

仕事や夢や生活はちゃんとすることを命令されるから、ひとりではできなかったことも頑張れたりする。

 

Mとしての悦び

 

M女というのは淫乱なのではない。

少しエッチで、あまえたいだけのふつうの女性だ。

さみしがりだから、飼われたいのだ。

あまえたいから、ご主人様がほしいだけだ。

誰かに自分を認めてほしいから、奴隷でいたいのだろう。

お仕置きされると、自分はかまってもらっていると感じるし、ご褒美に飼い主への愛を感じる。

 

SMは、痛いとか汚いなどではない。

あまさ、せつなさがある。

被虐、凌辱をMとして悦びに変化していって、優しさになる。

 

征服されている、支配されている、管理されている感覚は安堵感につながる。

恥ずかしさは羞恥という大きな悦びになる。

 

だから、あまいSM せつないSM。。。

 

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