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奴隷になるのは堕ちることじゃない。それは解放だ。

投稿日:2017年2月22日 更新日:

昔、ある奴隷に言われたことがある。

ご主人様は感性が豊かだから人より、感動も辛いことも人一倍感じると。

 

私は自分の感情に素直にする。

若いころ、対人恐怖症で苦しんだ。

それでいつしか、自分の感情を殺して生きていることに気づいた。

マイナスの感情を押しつぶすために、よい感情まで抑制していた。

それに気づいた時、どきどきやワクワクを大切にしようと強く感じた。

 

優しさにふれたときの温かさや、素晴らしいことを体験した時の感動は自分を素敵にしてくれると気づいたからだ。

だから今は、思いに素直に向き合うようにしている。

 

M性って?

 

私が書こうとしているのは、さみしさなのかマゾ性なのか自分でわからない人が多いと思うからだ。

 

はっきり書くと、自分がMかどうかは自分じゃわからないです。

 

性欲が満たされない、だからSMをするという人がいる。
ほんとのM女は違う。

それは経験してみないとわからない。

 

ほんとのMならマゾの部分を満たした方がいいし、そうじゃなければSMなんかしない方がいい。

奴隷の時間を持たなくてもいいなら、調教されるよりほかにするべきことがあるはずだ。

勉強や夢や、将来の幸せのための相手を選ぶことや、人間として女性として自分を磨くことなど。

わからないなら、いちど調教されてみればいいかもしれない。

Mなら、飼われることで日常も充実してくる。

 

マゾヒストの悦びは大きくて、温かさもある。

 

M性は、飼い主に仕えたい、飼い主が望む自分になりたい、飼い主の色に染められたい、管理されて所有されている自分が素敵な自分だと思えることだ。

 

迷っているなら、自分探ししていい。

飼い主はM女にとってヒーローだ。

奴隷は僕にとってのアイドルだ。

群れない女性の方が魅力がある。

 

今の自分が、自分が望んだ自分じゃないからなんとなく、物足りなさがさみしさになる。

おもしろくないから自分の感情を押しつぶすとものたりなくてさみしくなる。

必要以上にさみしいと感じるのは、自分の感情を押しつぶしているからだ。

ひとりのとき、もっと自分と向き合って、それでMならそれを解放した方がいい。

 

私は、奴隷として女性として素敵でいてほしいから、そう躾けようとする。

かわいくてすてきな奴隷になってほしいから。

 

難しいかな^^

 

M性に悶々としているなら、飼われた人生の方がいい

 

何が言いたいかというと、ほんとのマゾ性がるのかそうじゃないかを自分で判断して真正なら奴隷として飼われた方がいいし、そうじゃないならそんなことしない方がいい。

さみしさを感じる女性はかわいい。

そして、ひとりの時間は自分と向き合う貴重な時間だ。

人間は、結構強い。

癒せるように自然が用意してくれている。

 

マイナスを補うためにSMするのではなく、もっと素敵な自分になるためにSMしたほうがいい。

すてきな飼い主と、すてきな自分で、ステキな主従の関係を築いた方がい。

 

縛られた自分。

すべてを晒して恥ずかしがり、俯いている自分を飼い主はとても美しいと感じている。

所有されている感覚はM女を女性としてきれいにする。

首輪で繋がれた自分は、飼い主から見るとかわいくて、繋がれていることでMとして感じているのを見透かされていてそのことにも恥ずかしくて、委ねようと心が決めるとあまい感覚がある。

管理されている自分は飼い主に大切にされるとかわいい仕草、表情になるし、躾けられたりお仕置きされると、むずがゆくせつないそれになる。

そんな魅力がM女にはある。

それはノーマルな関係では味わえない。

だから主従関係が深くなる。

女として美しい瞬間が調教されるM女の姿だ。

はかなげで、かわいい。

焦らしておねだりさせて、それから悶えいくときも飼い主にその姿を差しだす。

いったあと、体を検査される。

そんな自分が愛しいと感じるのがMだ。

命令されて、守れないとお仕置きされて、素直にしますと誓わされる自分を想像してみるといい。

 

僕は自分の感情に素直になることで、どきどきやワクワク、感動を取り戻すことができた。

マイナスの感情もあるけど、それはそれとして苦さとして受け入れて、それも人生だよなあと思うようにしている。

 

何かがあって、それを埋めようとして刺激の強いものを求める。

それが食事だったり、酒だったり、セックスだったり、無為な人とのつながりだったりするときもある。

おいしいものはおいしいと素直に感じた方がいいし、人と人は深く真剣につき合った方がいい。

SMもきっと同じで、さみしさや物足りないなにかから、誰かに自分を委ねない方がいい。

奴隷になるのは、あまくてせつなくて、どきどきわくわく、愛情と快感と解放がある。

同時に、少しだけ覚悟がいる。

奴隷の時間はすべてを溶けさせるほどの魅惑があるからだ。

 

M性が満たされると人生が充実してくる

 

奴隷になるというのは堕ちることじゃなくて解放だ。

人生の一時期、そういう時間あっていい。

 

若い人はしあわせになるためのフィアンセが現れたら離れていくべきだし、真性なら奴隷として生きればいい。

それは自分で選択するもので、飼い主が決めるものじゃない。

しあわせになりなさいと最後の命令をしてお別れするのは、辛いけど、必要だ。

きれいで、あまくせつないのがSMだろう。

 

あくまで個人の意見だけど、Mなら飼い主に飼われると素敵になるし、そうじゃないとバランスをなくしちゃうから、そういうこと考えたり感じたりして、それでも奴隷になりたいなら奴隷の人生を選べばいい。

 

Slave lifeは被虐のあまさと所有されているせつなさがある。

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