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SMコラム

癒しのSM 主従関係と絶対支配

投稿日:2017年11月4日 更新日:

 

このサイトはとても多くの方が、特に女性が見てくれている。

最初はアフリエイトするつもりで始めた。

そしたら、いろんなメールがきて、すてきな出会いが数人と会った。

数人だ。

 

ステキなM女

 

処女のKは、真剣に私との関係性を気づこうとしてくれた。

仕事でとても頑張っていた。

何かがあり、それを私は共有も癒すこともできなかった。

俺が飼ってやると言ったら、わーんと泣いちゃった。

誕生日にやさしいメールをくれた。

 

自分がMなのか確かめたいと真剣にメールをくれたきれいなお母さんのHは、帰る背中が辛かった。

家族に申し訳ないのでもうできませんと、ありがとうございましたと、きちんと礼儀のあるメールをくれた。

 

東北のSは、かわいくてかわいくて、どこまでも無邪気な女の子だった。

スカイプの時、いきなりお腹すいたと言って裸のままシチューを温めて、しあわせそうに食べだした。

どんなにさみしかったんだろうと泣いたのを覚えている。

やっと会えて、帰るとき、口数が少なくなり、二人だけになるとすがりついて泣きだした。

カラオケで、みんなでやった踊りをいきなり踊りだして私に見せてくれた。

お別れを言うためにきてくれた。

 

鹿児島のK。

私のことを気づかえる優しい子だった。

私とのことと将来のことに悩み、私を心配して苦しんでくれた。

そして、自分のしあわせのために実家に帰った。

 

湘南のMは、大人の女だった。

くそ度胸があり、それがつき合っているときはこちらがバランスをとれなかった。

後から、どんな思いで私と向き合おうとしていたのかわかった。

旅の空から送ってくれたおみあげに、ステキな手紙が添えてあった。

ケリをつけるために髪を染めたのを私は知っている。

 

つい最近、関西のCと主従の関係をとても短い間だったけど積み上げることができた。

向きになって生きている目をしていた。

私なりに待ったけど、飼い主のプライドとして待てなかった。

辛くあたってしまったけれど、中途半端で終わりになっちゃったけど、いつかわかってくれると思う。 しかない。

 

5年くらいの間に、これだけの濃い時間を共有できた。

それぞれの時間はとても短い。

それでもMとして真剣に向き合ってくれて、こっちも真剣だったのは間違いない。

時系列になっちゃうけど、比べているわけじゃない。

多頭飼いではない 時期がすべてずれている。

恋愛をした。

主として毅然と向き合うべき相手には、恋愛感情を隠して飼い主として毅然と向き合った。

こころが純粋だったのと真剣だった。

 

状況、年の違いがなければ、今でも一緒にいただろう(すべては無理か^^)

どうしているかな。

元気かなって、少し心配になる。

 

 

いろんなSM いろんなM女

 

いろんなメールがくる。

いろんな考えがあるから、それでいい。

私は私の思いがあって、合わなければただあわないだけで、その人を否定しているわけじゃない。

男女のことは理屈じゃない。

些細なことで、誤解され行き違うときもある。

苦いときもある。

それもそれとして受け入れなくちゃ、生きていけない。

 

SMはその関係性だ。

主従の関係があって、それもほんとに真剣なものじゃないと、ただの憧れでしかない。

本来は絶対支配、服従の上のあとにほんとのあまさがある。

なんちゃってSMじゃない。

 

プレイはその後の具体的な愛し方だ。

だからプレイだけ求めるのではなく、M女はまず奴隷になって、奴隷として調教をされるのが順番だと思う。

 

割り切りの人は、それはそれでいい。

その人は、そのことで何かを癒そうとしているのだから。

 

体験してみるのもいい。

それで自分のことが少しわかるから。

 

主従関係恋愛じゃなくてもいい。

絶対的な飼い主と、すべてを支配される関係性だってある。

 

嗜好はそれぞれ違うから、主従恋愛でも絶対支配でもそれはふたりの問題だ。

SMは奥が深いから、いろんなSMや関係性があっていい。

 

 

ただ体を管理されて、こころを支配される悦びがSMだ。

プレイをしてみたいなら、とにかく経験してみたらいい。

個人的な意見として、年の離れた経験のある相手に調教された方がいい。

若い飼い主は経験も浅く自分がしたいことをしがちな人が多いだろうから、気持ちよくないという声も聞く。

たとえば縛るにしても、手首の内側に縄をあてると血管がふさがれる。

あまりきついと毛細血管が切れてしまう。

鞭にしても、尻を叩くつもりで女性器を叩いたら怪我する可能性だってある。

女性器を叩くなら、叩き方がある。

ある程度経験は必要だと思う。

 

それからちゃんと委ねることができる主じゃないと、深くならない。

出会いサイトは遊んでるやつばかりじゃないけど、遊んでるやつも多い。

 

中には不器用な、誠実な、真剣に相手を求めているやつもいる。

そういうのを探すべきで、そのために出会いサイトを使ったらいい。

優しさも、思いやりのかけらもない、ちゃらちゃらしているあほ男はスルーしないと自分も低くみられてしまうし、そのレベルですったもんだしているのは、さみしいことだと思います。

ちゃんと生きなきゃ。

ちゃんと頑張んなきゃ。

ちゃんと自分を大切にしなきゃ。

 

ちゃんとした出会いサイト

 

志願

 

 

癒しのSM

 

真剣に体験したいならばいちどだけ体験調教してあげます。

真剣に志願するなら、相性が合えば奴隷として大切に飼う。

 

女を抱きたいだけじゃないし、ただ調教したい訳じゃない。

プレイをするのはご主人様として奴隷に調教、しつけのためにプレイをするので主従関係があってプレイがある。

入り口のために体験がある。

 

管理されたい、支配されたい、縛られたい、首輪で繋がれたいのはあまえたいからだ。

あまえたいのは、さみしからだ。

 

恋人のような恋愛ではなく、絶対支配を求めるならばそう向き合うけれど、その奥は主従恋愛が育ってくる。

 

応援のメールや、真剣なメールがきます。

とてもうれしく思います。

 

真正のM女は、被虐と服従をまず求める。

そして相手をちゃんと見極める。

その次に、自分にふさわしい尊敬できるご主人様に恋をする。

あるいは、絶対支配のもと、恋愛とは少し違う深い関係が成立する。

それで主従の関係ができる。

それで、調教して躾けて支配して管理して、被虐とあまさを与えられてMの部分が満たされて、女として人生も充実してくる。

 

真性のマゾヒストは主従関係恋愛ではなく、完全な主従の関係を求める。

生活を管理され、体を支配され、こころを委ねる。

その中に、かけがえのないお互いの関係は、どんどん深くなる。

 

人としてふだんは放し飼いし、人生も頑張って、それでも自分は飼われている、見ていてもらっている、支配されている、管理されている体だと思えば、甘酸っぱく感じる。

 

飼い主を待つ女になって、いろんなことを思うから自分と向き合う。

飴のあとの鞭、鞭の後の飴を覚えると、世の中の女性は女のしあわせを知らないと思える。

だんだん、性的なものだけじゃなく、生きる意味や人生を共有してくるようになる。

縛られることでこころは自由になる。

首輪で繋がれると、社交辞令で生きてきた自分からほんとの自分に戻る。

深いところが癒され、未来と向き合えるようになる。

SMをすることでプラスになる。

そういうのがSMだ。

と思う。

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