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SMコラム

SMの不条理と精神性 SM観

投稿日:2016年11月27日 更新日:

 

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SMの要素のひとつは不条理だ。

ご主人様は服を着ていて、奴隷は裸。。。

 

調教の様々なシチュエーション

 

飼い主がリードを持っていて、ペットは首輪で繋がれて四つん這いで歩く。

縛る方と、縛られる方。

支配するされる、管理するされる。

命令が守れないと、罰を与えられる。

 

M女は、ご主人様の前ではまな板の鯉のように意のままに調理される。

縛られて昂ぶらされ、じらされ、許可を求めて、解放して、その後の余韻まですべて主の目に晒すことを求められる。

 

できない命令には鞭を与えられ、昂ぶらされたままで放置され、その後、かわいがってもらえる、ご褒美をもらえることを期待する。

奴隷でペットで、恋人で、性奴隷で所有物でいる自分でいたい。

 

SMと普通のセックスとの違いは、そこに精神性と不条理があることだ。

同じところは、愛があることだ。

普通のセックスは、快感をどこまでも求める。

快感のために前戯をして、オルガズムに向かう。

 

マゾの部分がある女性は、恥ずかしがらされたり、焦らされたり、いじめられることに感じて、
されるがままでいる自分を感じて、(不条理に感じて)、主の許しがないとオーガズムを迎えられない。

主を楽しませるために、体をさしだして調教を受ける。

自分の快感より、主に自分がどう見られているか、自分を調教することで主が悦んでいるかの方が先になる。

厳しくされる被虐感と、そのあとあまく扱われる陶酔感のギャップを交互に与えられて、

仕える悦びを感じる。

SMは、主従関係の究極の恋愛だと思う。

 

マゾの心の奥には、誰かに委ねたい、あまえたい、自分を見ていてもらいたい、女として認めてもらいたいという、女性として可愛い感情がある。

だから、恥ずかしいことじゃなく、それはかわいいことだと思う。

調教して、焦らして、寸止めして、わざわざ子供のようにお尻ぺんぺんするのは、体のオルガズムだけじゃなくて、マゾの心を刺激するためだ。

目の前に立たせて、生まれたままの姿になることを命令して、目の前でひとつずつ自分で脱がせるのもそのためだ。

自分から、開かせるのもそのためだし、恥ずかしい姿勢をとらせるのもそうだ。

 

奴隷に堕ちるのは、M女にとっては自分を解放することだろう。

無理やりレイプするわけじゃない。

自分から望んで、所有物になること、性奴隷になることを誓わせて、自分の意思で奴隷になる。

 

不条理を求めて、自らそれを求める。

そのことに、あまさ、せつなさ、甘酸っぱさを感じて、命令されるだけで濡らす。

そういうのがほんとのかわいいマゾ女性で、SMはただセックスの延長のものじゃない。

 

SM観

 

奴隷になるのは、覚悟はいるけど、あまいせつない世界だ。

命令されてそれに従うこと、管理されること、縛られたかめられいかされること、首輪で繋がれること、調教されて好みに変えられること。。。

 

調教日記は、過去のこれまでのことを、思いでを慈しんで書いているだけだ。

 

最初なんとなくかいていた。

できればステキなM女と知り合いたいとも考えた。

「SMに対しての見方がかわりました」

「愛のあるSMっていいなと思いました」

というメールをいただいたりして、それで続けているだけだ。

 

自分なりのSM観はある。

SMは主従関係がまずある。

ご主人様と奴隷の関係だ。

仕える、尽くす、飼われる、管理される、調教される、飼い主の好みにしつけられるみたいなことだと思う。

その上で調教やプレイがあるので、ただプレイだけのパートナーは求めていない。

奴隷であり、ペットであり、所有物で、恋人だ。

 

奴隷として、ご主人様の好みに躾けられたい、仕えたいと思うのがM女で、ただ性欲の延長じゃない。

極端な痛い、汚いはしない。

 

人間として、お互い成長できる関係性で、SMをプラスにできないならやめた方がいい。

 

いろんな女性がこのサイトに現れるけど、ひとつひとつ大切な愛だ。

終わったことで、だから書ける。

 

ひとりひとり真剣な一生懸命の思いでだ。

20年、すてきな女性が現れては消えていった。

プライドがあるから、多頭飼いではない。

 

現在進行形なら夢中で書けない。

現在進行形なら、公開調教になっちゃう。。。

終わったことだから書ける。

 

SMの世界の優しさと癒し

 

ご主人さま、女王様、M女性、マゾ男性にいいたいけど、SMは恥ずかしいことじゃない。

SMは私にとって大切な癒しだ。

ふつうの恋愛より深くなる関係だ。

 

さみしさは、お月さんが笑ってみていてくれるかもしれない。

頑張れないときも、お天道さんはやさしく許してくれるだろう。

風が、自分らしくていいんだよと囁いてくれるかもしれない。

 

Mの子が、勇気をだして奴隷になって調教されるのはご褒美で癒しだ。

頑張って無理をしている自分、自分に傷つきながら暮らしている自分に、非日常のほんとの自分がいいよって許してあげる。

そのときずっと求めていた救済が、優しい奇跡が訪れる。

私も同じだからわかる。

奴隷になるってそういうことだ。

SMはそういうものだ。

最初は性的なものを求めて奴隷になる。

それでも、奴隷になることで、普段の自分が充実するのが、奴隷になるほんとの意味だ。

 

若いときは1回しかない

 

私も20代のがむしゃらなころと違って、仕事も恋愛も暮らしも少し味わいながら楽しみながらできるようになってきた。

この年代、男として嫌いじゃない。

いいことばかりじゃないけど、自分なりに頑張っている。

荷や苦やさみしさも、それの人生だと向き合うことがやっとできるようになった。

だいたい、奴隷の子は私より若いから、そういう話もして大人の女になる。

 

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