縛られたい 奴隷になりたい 首輪をされたい 調教されたい M女のためのサイト

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S男性ブログ

縄と首輪と鞭と癒し

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このサイト、多くの人が見ていてくれるみたいだ。

それでも、あんまし更新していないから見る人がガタ落ちした。

アクセス解析ってので、5分の1ほどに減った、別にいいけど。

 

健気さと素直さ

 

SMに対して、見方が変わりました。

自分の飼い主は、怒鳴るばかりで辛かったけど、もう一度自分とちゃんと向き合おうと思います。

サイトを読んで、出会いサイトに登録し、主を見つける難しさを感じました。それでも今はちゃんとしたご主人様と出会えて、マゾ奴隷として飼ってもらっています、ありがとうございました。

 

そういうメールがくるとほっこりする。

同時にさみしくもなる。

 

礼儀のない、自分よがりなメールもごくたまにだけどあって、無視しちゃう。

でもそれは自分のことで必死で、ゆとりがないのだろうから仕方ないとは思うけど、こっちもそんなゆとりはない。

主従の関係を、それもステキな関係をのぞんでいるのであって、悩み相談の場じゃないし、だれでもいいわけじゃないし、俺はホストじゃない。

 

思いやりのある、静かな文章をくれた人がいる。

真剣で、何度かやりとりした。

いちど、社交辞令のような本音がない文章に対して、違うと書いた。

「ごめんなさい。忙しかったから。ほんとにごめんなさい」

と返事があった。

 

ずきりとした。

自分さえよければいいとか、少し何かいうと、言い返されるときもある。

その子はちゃんと素直にあやまることができた。

 

自分のことばかり言うのはエゴマゾといって、この世界ではもっとも嫌われる。

自分のことを伝えて、さらしていい。

だけどそれは、相手のことも考えながら自分のことや悩みや辛さを伝える健気さがあると、かわいいなと思う。

爽やかな風が頬を通るように感じ、気持ちが素直できれいなんだな、と大人だからわかる。

 

遠慮がちに自分のことを、それでも本音の文章で書いてくる。

怖い、不安だと思いながら、M性を開放しようとして一生懸命な感じがわかる。

 

M女のM女らしさとは、まさにそこであって、そういう女性こそ、調教してみたい。。。

 

Mの性

 

いろんなメールが、たまにだけどある。

よく思うのは、多くが依存しようとしている。

依存と委ねることは違う。

依存は自分のことを優先している。

そこ、一生懸命のとき、間違っちゃうんだけど。

間違っちゃう気持ちもよくわかる。

真剣だから。

 

だけど!

一歩、自分と向き合って、相手のことも考えて、向き合う。

そしたら素直に委ねることができる。

自分をさしだして、委ねることは安堵、平安、癒しだ。

SMとはそういうものだ。

勘違いしている人多いけど、汚いとか、痛いとか、変態じゃない。

Mというのは、あまえたい、見ていてほしい、認めてほしいだけだ。

それはさみしいのと、今の自分のままでいいのかとか自己否定しちゃってるからだ。

それを理解してくれる相手がご主人様で、やたらといいなりになる必要はない。

おたがい、相手をいたわるやさしさがないとSMは成り立たない!

 

そのうえで、調教がある。

躾けていって、躾けられていく(飼い主の好みに変えられていく自分をかわいいと思う)ことにあまずっぱさがある。

 

すなおにできないとき、お仕置きされて、「すなおな女になります」「ごめんなさい」、そして、よしよしとハグされる。

 

真正のM女とはそういうもので、ひたすら凌辱だけされたいと思うのは、今の自分を忘れたいだけで、それがM性ではない。

 

いじめられて、被虐を感じる。

そのあと、あまえられて、せつなくなる。

縛られて、縄に委ねるとき、ほっとする。

首輪でつながれた自分は、ただ優しさの中でいればいい。

いい子でいれなかったとき、鞭でたたかれる。

弱く、強く、間をおいて打つから子宮に響く。

心に響く。

 

それがSMで、そういうことにときめくのがMの性だ。

 

だから、あまいSM せつないSM。。。

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