縛られたい 奴隷になりたい 首輪をされたい 調教されたい M女のためのサイト

あまいSM せつないSM 

 

縛られる癒し 首輪の平安 被虐の悦び

 

 

初心者M女のための真面目な(!?)サイトです。

Mとしての性は、哀しくてせつない。

飼われ支配され管理される被虐とあまさとせつなさ。

感謝や思いやり、愛が人生で、頑張って生きている日常と同時進行でMの時間がある。

 

前向きなメールや応援のメール、相談のメールがきます。

SMに対するイメージや向き合い方が変わりましたというメールがきます。

それだけでとてもうれしく思います。

 

 

女性の8割はMであるという統計がある。

マゾ性は誰にでもあって恥ずかしいことじゃない。

誰かに委ねたい、管理されたい、支配されたいのは、あまえたい、さみしいという心の願望だ。

自分がMかわからないというメールがきますが、M性とは真正のM以外は開発して育てるものです。

だからSMの時間がなくても十分幸せならば、無理にSMする必要はない。

真正ならば、奴隷のオフの時間を持つことで、日常のオンの生活が充実する。

変態だけがするのがSMじゃない。

ふつうに頑張って生きている女性が、裸で縛られ、首輪でつながれ、恥ずかしながら素直になっていくのこそ、SMのすばらしさだ。

 

逡巡して、勇気をだして志願してくる。

そこがかわいい。

そして素直に、女らしく、Mらしく、そしてきれいになっていく。

 

社会で生きている服を着た自分から、生まれたままの姿で縛られ、首輪で繋がれ、飼い主に体をさしだすあまさ。。。

鞭で打たれ、焦らされ、放置され、意のままに扱われるせつなさ。

子供のように尻を叩かれ、焦らされ、誓いを繰り返し、許される。

鞭の後の飴はあまい。

 

縄、首輪、枷、檻のやすらぎ。

鞭、筆、羽根、道具に慣らされていく体。

縄に抱きしめられ、委ねられる平安。

被虐、仕置き、焦らしに耐えた後の解放。

飼われている自分、管理されている自分に対するあまずっぱさ。

Mとして自分をさしだし、主の好みに染められ、調教に慣らされていくことに悦びを感じるMとしての性。

 

 

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プレイだけハードとか、痛いだけ、きもちいいだけがSMじゃない。

もっとせつなくてあまい、精神的な主従の関係性だ。

SMは奥が深いし、嗜好もそれぞれだから、相性がとても大切。

だからお互い、誰でもいいわけじゃないはずだ。

少しずつすり合わせ、自然に自分の色に染めていく。

 

静かに命令し、少しずつ躾けていく。

厳しく調教して、優しくハグする。

飴の後の鞭はあまい。

限界以上のことはしない。

スカトロ、極端なプレイ、社会的におかしくなる命令はしない。

一歩ずつ、Mとして躾けていく。

 

ふだん頑張って生きていて、そのご褒美としての奴隷の時間があっていい。

「服を着た自分と、裸で縛られた自分とどっちが好き?」

「ごめんなさい、は?」

「返事は?」

その問いに、M女はすねたようにあまえるように、そっと答える。

次に与えられる飴か鞭を、じっと耐えて待つ。

 

M女は調教されるとき、ほんとの自分を解放し、すべてを捧げることで、実はあまえているのだ。

だから安らいでいる。

女らしさの中に健気さとかわいさとはかなさがある。

 

調教日記は過去のことで、同時進行ではない。

ステキな主従関係だったし、忘れることはない。

SMは主従の関係性で、プレイだけじゃないはずだ。

 

M性を開放してSMを卒業するか、Mとして生きるかは自分で判断したらいい。

悩んでたり悶々としたり、真剣で切実ならいつでも湘南にきてください。

SMの時間は自分にとっても、商売や夢や自己実現、その中で荷や苦や人との煩わしさの日常とのバランスをとれる大切なオフの時間だ。

性的な表現が含まれているので、18歳未満の方はもう少しおとなになってから。

 

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